1980年代に登場した、セミリトラのスタイリッシュな3ドアFRハッチバッククーペといえば、ちょっとした車好きなら『日産Z31フェアレディZ!』と答えるかもしれません。しかし、よりマニアックな車好きなら『そこまでもったいぶるなら、ピアッツァだね?!』とその名を口にするのではないでしょうか。
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イタルデザインの『クラブのエース』、日本名『いすゞ X(エックス)』降臨!
1970年代後半、まだ乗用車の独自生産を続けていたいすゞ自動車は、古くなってきた高級ラグジュアリーカー『117クーペ』を、そろそろ更新したくなっていました。
とはいえ独力で何もかも1から開発する余力は無く、市場は世界中に販売網を持つGM頼みというといういすゞだったので、とにかく既存車ベースで何とかするしか方法はありませんでした。
そこで、PFジェミニベースの『スーパージェミニ』的なプロジェクトを立ち上げます。
当初はSSW(スーパースポーツワゴン)、つまり117クーペをベースに1971年の東京モーターショーへ出展した『いすゞ スポーツワゴン』の再来を考えたようですが、結局は117クーペの後継的な計画に落ち着く事に。
そして、「昔、ジョルジェット・ジウジアーロに試作中だったフローリアンのプラットフォームを送ってできたのが117クーペだったな。」と思い出したかのように、今度もジウジアーロにPFジェミニを送って「これでひとつ、カッコイイクーペを!」と依頼したのです。
こうして完成したのが1979年のジュネーブショーで初公開された『アッソ・ディ・フォーレ』(『クラブのエース』のイタリア語)で、ジウジアーロ率いる『イタルデザイン』のブランドで公開され、熱狂的な反響を得ます。
その後、自信を得たいすゞは同年の東京モーターショーで公開を決定。
エンブレムをイタルデザインからいすゞマークへ、タイヤをヨコハマに履き替えて展示しますが、商標の関係なのか車名は『いすゞ X(エックス)』と少々プロレス風味でした。
『X』はそもそも市販前提でデザインを依頼していたので、セミリトラクタブル ヘッドライト(というより、ほんの少し上がるだけの可動式ヘッドライトカバー)やボディのストライプなど、外観はほぼそのまま市販化。
ジェミニ用1.8リッターエンジンを117クーペ末期用の1.9リッターDOHCエンジンG200WSに載せ換え、デジタルメーターパネルを現実的な仕様に変えた程度で1981年6月に『ピアッツァ』として発売されたのです。
ただし2点ほど問題があり、1つは当時の日本ではまだドアミラーが認可されておらず、フェンダーミラーで発売せざるをえなかった事。
これについてはジウジアーロ御大が激怒したという噂や、激怒したのはファンの方で社外品の後付けドアミラー(当時は『ウインドミラー』と称して販売されていた)が飛ぶように売れたという話も残っていますが、1983年に解禁された純正ドアミラーの装着で解決。
しかしそうなると人間贅沢なもので、かえって初期生産のフェンダーミラーの方が希少だと言ってみたり、当時としては高額な車だったのでついついフルオプションでオーダーしたら、イルムシャーなのにフェンダーミラーになってしまった、などという逸話も伝わっています。
もう1つの問題は新車価格で、同時期に登場したトヨタの高級パーソナルクーペ、ソアラの2.8リッター車が266.7~275万円(東京価格)だった事よりはさすがに安かったものの、ピアッツァと同クラスとなる2リッター車では166.2~236万円(東京価格)。
対するピアッツァは166~258.5万円で、しかも一番安い『XJ』グレードはエアコンがオプション(17万円)だったので、つまりソアラよりよほど高い車に!
そのためソアラが大ヒットした一方、月販3,000台でデビューしたピアッツァは3年もたたないうちに月販200~300台に落ち込むという現実に悩まされる結果となりました。
掘れば掘るほどネタ多数!マニアックなピアッツァの特徴を少しだけ…
発売あたりまでのエピソードだけでも非常に濃いピアッツァですが、国産車メーカーというよりは『GMグループの一翼を担う世界戦略車メーカーとして何とか存続』という特異性もあって、国産車離れした特徴が多数ありました。
その全てはとても紹介しきれませんが、目立つところをいくつか挙げてみると、まずは『サテライトスイッチ』です。
本来ならセンターコンソールやステアリングコラムレバーについているべき各種スイッチがステアリング左右へほとんど集約されており、このスイッチ類の使い方を覚えないまま普通の車のつもりで運転しようにも、まずウインカーレバーすら見つからず難儀します。
慣れてしまえばドライバーにとっては非常に便利な反面、助手席から代わりに操作するのは困難というより、同乗者へいらぬ負担をかけないシステムなのだとすら思えるほど。
現在のクルマでも「輸入車のウインカーとワイパーレバーが逆だから統一してくれ。」とボヤいている方は、このサテライトスイッチを見ると、心が落ち着くかもしれません。
なお、このサテライトスイッチに風が直撃しないよう、ドライバー側のダッシュボード送風口は上方に引き出さないと風が出ない仕様となっていますが、走行中の振動で送風口が落ちて風が出なくなるので、油断ならないのも仕様です。
ならば左右席間のスイッチ類はオーディオのものかと思って見ると、1987年8月以前のピアッツァのオーディオは、現在のようなDINスペースでは無く、DIN仕様のオーディオへ換装しようと思えば加工が必須ですとか、なかなかネタが豊富な車でした。
さらにピアッツァは国内外でさまざまなバージョンを展開をしており、輸出型の車名もイギリスなどはそのままでしたが、北米仕様は『インパルス』で、オーストラリアではGM系の『ホールデン』ブランドで売られていました。
また、日本でもいすゞの販売網のみでは弱いので、GM取扱店の縁でヤナセでも販売してもらえることになり、ヤナセ仕様は『ピアッツァ・ネロ』を名乗ります。
さらにネロは1984年からインパルス用の規格型4灯ヘッドライトに換装され、1988年には可動式ヘッドライトカバーを廃止したインパルス仕様ボンネットに変更されるなど、輸入車のヤナセらしい『逆輸入感』が特徴。
輸出仕様との違いといえば足回りやボディ補強の類も欧州仕様やインパルスと異なり、国内仕様ではハンドリング バイ ロータス追加時(1988年6月)に5リンク化されたリアサスペンションが、インパルスのターボ車は元々5リンクでした。
なお、国内仕様のラインナップでは、1984年6月に2リッターSOHCターボ車が追加され、1985年11月に『イルムシャー』グレードを追加。
1988年6月には『ハンドリング・バイ・ロータス』グレードも追加されています。
わずかながらもレースやラリー参戦記録あり。近年はドリフトの猛者も!
せっかくの5ナンバーサイズFRクーペ、しかも2リッターターボエンジンを搭載しているので、初代ピアッツァでドリフトをする猛者はきっといるはず!と思うのですが、たまにKP61やダイハツ コンソルテなど珍車が登場するD1グランプリでも、さすがに初代ピアッツァはいないようです。
漫画『よろしくメカドック』の公道キャノンボールでツインエンジン ピアッツァに憧れた世代としては、きっとどこかで活躍しているはずと探してみると、どうやらレースやラリーでの参戦実績がありました。
1982年から翌年にかけ、ISCC(いすゞスポーツカークラブ)によるグループ5規格のシルエット フォーミュラ仕様『オリエントスピードピアッツァ』が鈴鹿1000kmや500km、富士ロングディスタンス シリーズに参戦していたようです。
成績は3戦走って1982年の鈴鹿1000kmで11位完走。
残り2戦はリタイヤでしたが、これが公式に残る国内レース参戦唯一の記録でした。
また、発売年の1981年7月には全日本ラリーの『第9回KASC岩手山岳ラリー』にルート6が製作したラリー仕様ピアッツァが参戦。
残念ながらリタイヤだったものの素性は良いという事で、国際ラリー仕様や将来的にはサファリラリー仕様まで作る構想があったようですが、以降全日本ラリーや全日本ダートトライアルへの参戦記録も無く、その後は定かではありません。
なお、近年になってピアッツァ ネロでドリフトを楽しむ猛者が確認されていますが、エンジンは同じ2リッターターボでも低回転トルク重視のいすゞ4ZC1-Tから日産RB20DETに換装されており、なかなかの熱い走りを見せてくれています。
主なスペックと中古車相場
いすゞ JR120 ピアッツァ イルムシャー 1988年式
全長×全幅×全高(mm):4,385×1,655×1,300
ホイールベース(mm):2,440
車両重量(kg):1,220
エンジン仕様・型式:4ZC1 水冷直列4気筒SOHC8バルブ ICターボ
総排気量(cc):1,994
最高出力:110kw(150ps)/5,400rpm(※ネット値)
最大トルク:226N・m(23.0gm)/3,400rpm(同上)
トランスミッション:5MT
駆動方式:FR
中古車相場:58万円~128.9万円(ピアッツァ・ネロ含む)
まとめ
数は少ないながらも個性的なモデルばかり輩出した、かつての国産乗用車メーカー、いすゞ。
「どれがもっとも個性的ないすゞ車か?」と議論すれば、収拾がつかないのではと思われるほどですが、こと内装においてはサテライトスイッチのインパクトで初代ピアッツァの右に出るいすゞ車は無いかもしれません。
新車販売当時はソアラやスープラよりよほど魅力的に感じたもので、現在でもそのスタイリングは全く色あせてはいませんが、かつていすゞが乗用車を作っていた記憶とともに、少しずつ忘れ去られかけている今、『まだまだ中古で買える歴史的名車』として初代ピアッツァは要注目の1台です。
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