日本で生み出された数々の名車の歴史の中で、時代を先取りし過ぎたが故に売れなかったモデルが度々登場します。今回紹介するワイ・エム・モービルメイツ amiは間違いなくそんな名車の1台なのですが、20年前に誰が作ったかを調べると、その事実に誰もが納得させられるのではないでしょうか。
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ヤマハのようでヤマハでない、社内ベンチャー発・通販専用車
2017年現在、ようやく4輪車への参入を匂わせる発言が目につくようになってきたヤマハですが、東京モーターショー2017に展示されていたSUVルックの車から、過去にはスーパーカーのOX99-11まで多数の4輪モービルを生み出してきました。
しかし、その中でも「まさか」という1台の市販車が存在したことは、あまり一般には知られていません。
それは、ワイ・エム・モービルメイツ ami(アミ)。
いやいや、そんな車はヤマハのホームページを見てもどこにも出てこないし、amiとは電動アシスト自転車の「PAS Ami」のことですよね?と思うのも無理はありません。
1990年代、企業活動の活性化のため、面白い企画があれば自分たちで子会社を作ってやってみなさいという制度「社内ベンチャー」というのがちょっと流行った時期があり、ワイ・エム・モービルメイツもそうしたヤマハの社内ベンチャーの1つとして立ち上げられたので、厳密に言えばヤマハそのものではありません。
その創業コンセプトは定かではありませんが、どうも「ちょっとばかり個性的な車を、今までに無い形で販売してみよう」という、実験的要素が強かったように思えます。
その頃は日産 Be-1に端を発する「既存車ベースに個性的なデザインを持たせたパイクカー」に始まり、スバル サンバーディアス・クラシック以降の軽レトロカーブームが続いていたのです。
そうした「既存車カスタム」の、ある意味頂点だったのがamiでした。
実物大チョロQか、自動車界の魔球か
実は、amiのイメージモチーフに選ばれたのは押しも押されぬスーパーカー、フェラーリ F40。
もちろん、当時既に軽スポーツABC(オートザム AZ-1、ホンダ ビート、スズキ カプチーノ / キャラ)があった時代だったので、そうした専用設計モデルなら、スーパーカールックも不可能ではありません。
しかし、amiがベースに選んだのは丸くコロンとしたデザインに愛嬌あふれたダイハツのスペシャリティカー、初代オプティでした。
改装は最低限、車室はそのままでAピラー(運転席前左右の柱)やフロントウィンドウ、左右ドア(ベースは3ドアなので左右1枚のみ)もそのまま、それ以外の部分を可能な限りデフォルメしてフェラーリ F40風にしたのです。
その結果、軽自動車でフェラーリ F40を再現したというより、「軽自動車でフェラーリF40の実物大チョロQを作りました!」というべき、ものすごい車が完成します。
カタログでは、ハンドメイドの軽量ボディにスポーツサス(T3のみ)で俊敏な走りを可能にしていたとありますが、見る限り、ベースのオプティより重そうなビジュアルに。
初期デザイン案ではグリルレスのスッキリしたデザインでしたが、フロントエンジンかつラジエターへの空気流路確保のためか、フロントバンパーは左右ヘッドライト間まで上がってグリルを持つようになり、ヘッドライトはオプティ用の丸型から何かの流用っぽい角型で、フロントフェンダーとボンネットは専用品のようです。
左右ドアは見る限りドアバイザーも含めオプティそのままですが、全体のライン似合わせてルーフは丸く盛り上がり、最低地上高を低く見せるとともに、重厚感を持たせるサイドステップ。
後席もオプティから変わらないようですが、後席以降のラゲッジを潰すなどの形状はだいぶ変更したようでリアハッチも無く、代わりにミッドシップエンジンへの空気取り入れ口風デフォルメを施した(穴は開いて無い)、四角いボディが架装されています。
なお、独立トランクなどの開閉部はリアに無いので、四角いテール部分は単なるハリボテ。
一番雰囲気を醸し出しているのはF40同様丸目4灯式テールランプですが、AZ-1用…さらに元をたどればポーターキャブ用をそのまま使っているようです。
それでいて動力性能はオプティの660ccNA(自然吸気)エンジンそのままなので、ヘタにターボなどを積んで飛ばし、周囲の車を驚かせるよりいいのかもしれません。
なお、グレードは3つあり、ベーシックなSOHC2バルブエンジンと搭載した「T1」、T1にDOHC4バルブエンジンを搭載、シート地をフルファブリックとした「T2」、T2にタコメーターやスポーツサスを装備した「T3」がありました。
「もしもし、amiください」注文はチケットぴあへ?!
さて問題はこの奇怪な、よく言えば面白い車を誰がどうやって販売したのかですが、それも当時としては斬新な店頭販売ではなく通販。
しかも、「チケットぴあ」でのみオーダー可能という試みがなされました。
チケットぴあはその名の通り各種イベントのチケット販売を行う通販ショップで、社史を見るとチケット販売サイト「@チケットピア」の解説が1999年12月、コンビニとの提携も1998年9月のファミリーマートとの提携が最初のようです。
つまりamiを販売した1997年当時は電話注文がほとんどで、amiが欲しければ演劇やコンサートのチケット販売をする窓口に電話する仕組みでした。
当時は既に自動応答システムが入っていたので、「もしもし、amiください」と言われたオペレーターが「amiってどこのチケットだっけ?」と目を白黒させることは無かったと思いますが、1990年代に車の電話注文とは斬新です。
後に無印良品が日産 K11マーチをベースに、一部オリジナル仕様のMujiCar1000を通販専用で発売したのが2001年だったので、時代を先取りしていたとも言えました。
それで新車価格は215万~254.5万円、限定販売台数600万台として発売されましたが、販売台数は驚くなかれ、一説によればわずか3台。
当時インターネットはまだ今ほど盛んではありませんでしたが、もし現在ネット注文を受け付ければ…どのくらい売れるのかが気になる所です。
ワイ・エム・モービルメイツ ami 代表的なモデルのスペックと中古車相場
ワイ・エム・モービルメイツ ami T3 1997年式
全長×全幅×全高(mm):3,295×1,395×1,450
ホイールベース(mm):2,280
車両重量(kg):700
エンジン仕様・型式:EF-ZL 水冷直列3気筒DOHC12バルブ
総排気量(cc):659cc
最高出力:55ps/7,500rpm
最大トルク:6.2kgm/4,000rpm
トランスミッション:5MT
駆動方式:FF
中古車相場:超希少車につき、不明
まとめ
amiの発売で世間は驚いた!かと言えば、当時の自動車雑誌でもamiの販売はごく小さいベタ記事扱いで、その後も「知る人ぞ知る珍車中の珍車」扱いとなって現在に至ります。
開発コンセプトは「見た人が振り向かずにはいられない。乗っている人が、見た人が楽しく幸せになれる車」だったそうで、たしかにそれはその通りなのですが、楽しく幸せになる前にまずはギョッとする人の方が多いのではないでしょうか。
カタログにも「街の視線をひとりじめ。それゆけボクのクルマ、ami」のほか、パンフレットには「乗ったとたんに笑顔になれる。600人だけのよろこび!」、「生涯生産台数600台のハンドメイドカー」「あとにも、先にも、これっきり」と書かれていますが、実際には3台作ってそれっきり。
その後のワイ・エム・モービルメイツがどうなったのか、そもそも社内ベンチャーだったので歴史の中に埋もれてしまったようで、ヤマハや「ぴあ」のホームページにも一切記載がありません。
しかし、いったい誰がこんな車を作ったのか、その人は今どうしているのか?と思って調べてみれば…ami発売時のワイ・エム・モービルメイツ代表は、辻井 栄一郎 氏。
これは、東京モーターショー2017で話題となった、オーナーが来ると自立して低速で近づいてくる自律モーターサイクル”MOTOROID”開発チームの技術アドバイザーを務める辻井 栄一郎 氏(ヤマハ発動機コーポレートミュニケーション部 コンテンツグループ主査)!!
いつか「20年前にamiを作った時の話」を伺ってみたいと思います。
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