来たる6月17日(土)~6月18日(日)フランス西部サルト県にあるル・マン市で第85回ル・マン24時間レースが行われます。その舞台となるのが今回ご紹介するサルト・サーキットです。常設区間と一般公道が組み合わさって出来たこの伝説的サーキットをみなさまにご紹介したいと思います。
サルト・サーキットとは
「Circuit de la Sarthe(サルト・サーキット)」とは通称で「Circuit des 24 Heures du Mans(ルマン24時間サーキット)」というのが正式名称です。
全長は13.629km、大小合わせて38のコーナーから成るサーキットです。
コースは主に一般公道と2輪のレースに用いられているブガッティ・サーキットの一部常設区間が組み合わさったレイアウトとなっています。
どうしてこんな大規模なサーキットが作られたのか?
1906年、自動車の発明こそが20世紀の世の中に革命をもたらすと考えた男性の情熱により生まれた「フランス西部自動車クラブ」により開設されたサーキットでした。
20世紀の初め、ゴードン・ベネット・カップという国別対抗戦の自動車レースが行われていた頃、1カ国3台まで出場可能というルールに異を唱えた当時のフランス自動車連盟が独自にル・マン郊外でACFグランプリ(1906年フランスGP)と銘打った初のフォーミュラ・グランプリレースを開催。
当時はル・マンからサン・カレ、ラ・フェルテ・ベルナールを結んだ1周103.18kmの公道コースを用いて行われました。
その後フランスGPは1921年、一周17.262kmのコースに形を変え開催されました。
1923年同じコースを使用して開催されたレースが第一回ル・マン24時間レースでした。
コースの変遷
ル・マン24時間レースが初開催された1923年以降、15回細かい改修が成されています。その詳細を見て行きましょう。
1923年~1928年
全長17.262km、レーニュ通りがある現在のピット前からル・マン市内へと入っていき鋭角にポンリュー・ヘアピンを切り替えしてユノディエールへと入っていくレイアウトです。
1929年~1931年
鋭角のポンリュー・ヘアピンが複合コーナーに変更されました。これにより922mコース長が縮小され全長16.340kmになりました。
1932年~1955年
北側部分を大幅に改修。ダンロップ・カーブからテルトル・ルージュに抜けるS字区間が新たなレイアウトとして設置されました。全長も13.492kmとなり、この形が現在のレイアウトの原形となりました。
1956年~1967年
1955年に行われた第23回ル・マン24時間レースにてドライバーと観客80名強が死亡するという大クラッシュが発生しました。
またこの年、ル・マン以外にもF1やインディ500などでレーシングドライバーの事故死が相次いだことからレース業界全体の意識改革が図られ、その後、マシンに対して排気量制限が設けられるなどの安全対策がもたらされました。
そして1956年に改修されたコースでは、ホームストレートが拡張され、ピットロードへの減速ゾーンを新たに設置。
またダンロップ・カーブの半径が変更されたことでコース全長は13.461kmと若干短くなりました。
1968年~1971年
マシンの最高速の上昇に伴い、安全性を高める観点からホームストレート手前にフォード・シケインが新たに設置され、全長は13.469kmになりました。
1972年~1978年
これまでは右に直角に曲がるアルナージュ・コーナーを越えるとホームストレートが見えてくるのですが、1972年以降はポルシェ・コーナー以降が改修され、メゾン・ブランシュエリアに橋のコーナー、コルベット・コーナー、カーティング・コーナーと3つの短いコーナー区間を設置。
全長は13.640kmになりました。
1979年~1985年
それまで90度コーナーであったテルトル・ルージュのコーナー角が緩くなり50Rに変更されました。全長は13.626kmでした。
1986年
ミュルサンヌ・コーナーにロータリーが出来た影響により、わずかなコース改修が成され、全長13.528kmとなり98m短縮されました。
1987年~1989年
ダンロップ・カーブの途中にシケインを設置しました。これにより全長は13.535kmになりました。
1990年~1996年
サルトサーキットの魅力と言えば6kmにも及ぶストレート「ユノディエール」でしたが、国際自動車スポーツ連盟による安全面考慮のルール変更により、途中2ヵ所にシケインが設置されました。
このコース改修によりコース全長は13.600kmとなっています。
1997年~2001年
ダンロップ・シケインのレイアウトが改修され全長が13.605kmと5mだけ長くなりました。
2002年~2005年
ダンロップ・シケインを抜けたダンロップ・ブリッジあたりから森のS字までのレイアウトが変更になりました。ちなみにこの区間はブガッティ・サーキットの常設区間と重なっています。全長は13.650kmになりました。
2006年
ダンロップ・カーブの半径を狭め、グラベルベッドの幅を拡げました。全長は変わらず13.650kmです。
2007年~2013年
全長は13.629kmと若干短くなりました。テルトル・ルージュの半径が大きくなり、3%の勾配が加わりました。
テルトル・ルージュを抜けるとユノディエールの第一ストレートへとつながります。
当時のレイアウトでは、このコーナーの立ち上がりスピードがとても重要とされていました。
2014年~
2013年のル・マン24時間においてデンマークのドライバーがクラッシュにより亡くなった悲劇により、FIAと共同で運営を行っているフランス西部自動車クラブがセクション何箇所かの改修を発表しました。
テルトル・ルージュコーナーが再構成され、フォード・シケインのレイアウトが変更されたほか、ユノディエールからのコーナー出口、コルベット・コーナーのランオフエリア、ポルシェ・カーブの始まり箇所などに安全面を考慮した施策が加えられました。
全長は変わらず13.629kmです。
これら大きな改修の他にも安全性向上の観点から、近年ではラン・オフ・エリアの拡張など細かい修正なども施されています。
ラップタイムの変遷
これまで述べてきたとおり、サルト・サーキットは度重なる改修を経てル・マン24時間レースを催してきました。これまでのラップタイムの変遷を見ていきましょう。
1923年~1928年(全長: 17.262km)
(決勝)8:07 (127.604 km/h)
1929年~1931年(全長: 16.340km)
(決勝)6:48 (144.362 km/h)
1932年~1955年(全長: 13.492 km)
(決勝)4:06.6 (196.963 km/h)
1956年~1967年(全長: 13.461 km)
(決勝)3:23.6 (238.014 km/h)
(予選)3:24.04 (236.082 km/h)
1968年~1971年(全長: 13.469 km)
(決勝)3:18.4 (244.397 km/h)
(予選)3:13.9 (250.069 km/h)
1972年~1978年(全長: 13.640 km)
(決勝)3:34.2 (229.244 km/h)
(予選)3:27.6 (236.531 km/h)
1979年~1985年(全長: 13.626 km)
(決勝)3:25.1 (239.169 km/h)
(予選)3:14.80 (251.815 km/h)
Photo by The359
1986年(全長: 13.528 km)
(決勝)3:23.3 (239.551 km/h)
(予選)3:15.99 (243.486 km/h)
1987年~1989年(全長: 13.535 km)
(決勝)3:21.27 (242.093 km/h)
(予選)3:15.04 (249.826 km/h)
1990年~1996年(全長: 13.600 km)
(決勝)3:27.47 (235.986 km/h)
(予選)3:21.209 (243.329 km/h)
1997年~2001年(全長: 13.605 km)
(決勝)3:35.032 (227.771 km/h)
(予選)3:29.930 (233.306 km/h)
2002年~2005年(全長: 13.650 km)
(決勝)3:33.483 (230.182?km/h)
(予選)3:29.905 (234.106 km/h)
2006年(全長: 13.650 km)
(決勝)3:31.211 (232.658 km/h)
(予選)3:30.466 (233,482)
2007年以降(全長: 13.629km)
(決勝)3:17.475 (248.459 km/h)
(予選)3:16.887 (249.201 km/h)
こうして見ていくと「あれっ?」と思われる方もおられるかもしれません。
現在のラップタイムやマシンの平均速度が決して過去で一番速いタイムではなかったりするのは、F1やインディのようなスプリントレースと異なり、24時間耐久レースは24時間を通していかにマシンをバランスよくセットアップして、効率よく走りぬくかが重要かを求められているレースだとお分かりいただけるかと思います。
だからと言って、各マシンが進化していない訳ではありません。
安全を考えた中で年々微妙に変化するコースレイアウトにおいて、一概にラップタイムと平均スピードからだけでマシンの進化を読み解くのはいささか早計ではありますが、プロトタイプレーシングカーと呼ばれるレース専用に開発されたマシンには各メーカーの技術の粋が詰め込まれているのです。
ル・マン24時間レースの魅力
2012年以降、ル・マン24時間レースはFIA世界耐久選手権のひとつとしてシリーズに組み込まれています。カテゴリーは大きく分けてLMP1、LMP2、LMP3、LMGTEの4つに分類されます。
さらにLMP1クラスはハイブリッドマシンを対象にした「LMP1ハイブリッド」とハイブリッドマシン以外を対象にした「LMP1ノンハイブリッド」に大別されています。
LMGTEクラスはプロのレーシングドライバーを対象につくられたLMGTE Proとアマチュアで占められたLMGTE Amに分けられてるのです。
2017年現在、それぞれのレギュレーションを大概すると次のとおりです。
LMP1
・エンジン規定: ガソリンを用いたレシプロのディーゼル4ストロークエンジン
(ハイブリッド)
・エンジン排気量: 制限なし
・最低車重875kg+3kg分のカメラ機材またはバラスト
・全長: 最大4650mm
・フロントオーバーハング: 最大1000mm
・リアオーバーハング: 最大750mm
・全幅: 1800mm以上1900mm以下
・全高: 1050mm以下
(ノンハイブリッド)
・エンジン排気量: 5500ccを超えないこと
・最低車重830kg+3kg分のカメラ機材またはバラスト
全長~全高部分は上記ハイブリッドクラスと同一
LMP2
・エンジン規定: 4.2リッター V8 自然吸気(600馬力)
・最低重量: 930kg
・全長: 最大4750mm(リアウィング含む)
・フロントオーバーハング: 最大1000mm
・リアオーバーハング: 最大750mm(リアウィング含む)
・全幅: 最大1900mm
・全高: 1050mm以下
LMGTE
・エンジン排気量: – 自然吸気エンジン: 5500cc以下
過給式エンジン: 4000cc以下
・最低重量: 1245kg
・全長: 4800mm
・フロントオーバーハング: 1250mm
・リアオーバーハング: 1100mm
・全幅: 2050mm (リアビューミラー含まない)
(出典: http://www.fiawec.com/en/classes/32)
ちなみにレーシングカーに詳しくない方の為にみなさんが一般的に乗っている乗用車を例に比較をしてみたいと思います。
(例)トヨタ プリウス
・エンジン排気量: 自然吸気エンジン: 1797cc
・重量: 1310kg
・全長: 4540mm
・全幅: 1760mm
・全高: 1470mm
いかがでしょうか?
こうやって比較してみると、車両の大きさは全体的にみなさんが乗っている一般車より大きいのに、重さは一般車よりも軽く、パワーは強大。
いかにル・マン用に開発された車が特殊であるかがなんとなくお分かりいただけたでしょうか。
2017年 日本勢のチャレンジ
さて「世界3大レース」の一つに数えられるル・マンに日本勢が始めて出走したのは1970年マツダがロータリーエンジンを駆ってチャンレンジしたのが初めての参戦でした。その後、日産とトヨタが1980年代後半から参戦。ホンダも1994年に参戦を始めました。
1991年にはレギュレーションの変更によりロータリーエンジン最後の参戦となったマツダが日本のマニファクチャラーとして初めての総合優勝を果たしました。
また日本人ドライバーとしては関谷正徳選手が1995年マクラーレンF1 GTRというマシンで初優勝しています。
しかし未だ日本人ドライバーが日本のメーカーのマシンに乗ってル・マンを制するという悲願は達成できておりません。
この悲願にもっとも近づいたのが昨年(2016年)TOYOTA GAZOO RACINGのチャレンジでした。
LMP1クラス予選4位でスタートしたトヨタ5号車はじわじわとポジションを上げ、レース全体の3分の2が消化された17時間経過あたりに首位に浮上。
その後も順調な走行を続け誰もがトヨタ優勝を信じた残り3分25秒日本のレースファンの誰もが目を覆う出来事が起きてしまいました。
ポルシェ・コーナーを立ち上がったところでターボチャージャーとインタークーラーを繋ぐ吸気ダクト回りのトラブルが発生。ドライバーの中島一貴選手の「No power! No power!」という無線からの声とともにメインストレートで停止してしまいました。
その後なんとか再始動させたものの最終周の周回に6分以上かかってしまった為、ル・マンのレギュレーションによりリタイヤ扱いとなってしまいました。
そして今年、TOYOTA GAZOO RACINGが去年の忘れ物を取りに行くべく再びル・マンに戻ってきます。
今季、TOYOTA GAZOO RACINGはFIA世界耐久選手権の開幕戦から2連勝。
シルバーストーン6時間、スパ・フランコルシャン6時間を制し、好調を維持した状態で第3戦ル・マン24時間レースに乗り込んできます。
ドライバーは去年とまったく同じ、セバスチャン・ブエミ選手、アンソニー・デビッドソン選手、中島一貴選手の3人。
6月4日(日)に行われた公式テストでは圧倒的なスピードでポルシェらライバル勢を突き放しトヨタがトップ3を独占するという強さを見せています。
昨年の屈辱をはらせるか。日本のレースファンの注目が集まることでしょう。
まとめ
1906年の開設以来、1923年にはル・マン24時間レースの舞台となり、その後さまざまな伝統と歴史を作り出してきたサルト・サーキット。
全長13.6kmにも及ぶロングコースはドイツのニュルブルクリンクと並んでモータースポーツファンのメッカとなっています。その長い歴史の中で15回コースレイアウトを変更し、今に至っています。
今年で第85回を数えるル・マン24時間レースでは、トヨタが優勝の有力候補として見られていることもあって、日本で注目が集まることでしょう。
さて、モータースポーツはコースとマシンの特性を知るだけで何倍も観戦が楽しくなるスポーツです。
みなさんも今回、テレビ中継やインターネットから自分なりの注目点を見つけ出していただいて、楽しく観戦していただければと思います。
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