元祖グループC・ Porsche956

917の誕生由来よろしく、 ポルシェのルマンでの歴史は「レギュレーションとの戦いの歴史」ともいえます。

FIAはオイルショックによって破壊されたモータースポーツ界で、「市販車への技術的フィードバック」をうたうべく”燃料消費の制限”を軸とした市販車をベースとしないプロトタイプ規定を”グループC”というカテゴリーにまとめます。

©︎Porsche AG

このレギュレーション、燃費制限さえクリアしていればエンジンもボディ形状も現代のレースカーほどの細かい規定は設けられていません。

そもそもこのグループC規定が立ち上がる段階で、FIAを牛耳るいわば「政治的な人々」はメーカーの意見として、ポルシェの意向を強く反映させたと言われています。

1970年代、ルマン、Can-Amを始め多くのレースで栄光を極めたポルシェは、モータースポーツ界において大きな影響力を有する存在でした。

開発スタートが他メーカーより先んじていたのは大きなアドバンテージとはいえ、誰も見たことの無い「グループCカー」をポルシェは作り上げることになります。それこそがポルシェ956です。

©︎Porsche AG

アルミ・モノコックシャシーに、インディーカー用パワーユニットがベースとなる2.6Lフラット6ツインターボエンジンを搭載。出力は650馬力ほどでした。

大きく車体後部をえぐりトンネル形状を作りグラウンド・エフェクトを得るべく、そのエンジンは前方に傾けてマウント。

それゆえポルシェ初の”グラウンドエフェクトカー”ともいわれるマシンです。

出典:https-www.stuttcars.comporsche-models9564

出典:https://www.stuttcars.com

Martiniに変わり新たなスポンサーとなったRothmansのネイビーを基調としたカラーは、1982年、驚異のルマン1.2.3フィニッシュを果たすその前から、すでに王者の風格を纏う見事なカラーリングでした。

956はその後も進化を重ねつつ、なんと85年までルマンで4年連続優勝を果たし、名実ともに「レーシングポルシェの最高傑作」となります。

ポルシェのレースで戦う狙いを端的に言えば、たった1台のスペシャルなワークス・カーを仕立てるというより、レース用マシンをプロダクションカーとしてプライベーターに販売し、エントラントを増やすことで、カテゴリーそのものの隆盛とともに、ポルシェでなければ勝てないかのような圧倒的な性能を世界に知らしめることにあったと言えるでしょう。

事実この956シリーズは様々なバリエーションで50台以上が製造され、その圧倒的パフォーマンスで世界のレースシーンに多大な影響を与えています。

グループCカーのお手本というべきマシンを作り、プライベーターに提供し、ルマンを制覇し続けたことで、多くのメーカーが「打倒ポルシェ」としてCカーを開発し、グループCは1980年代後半には世界中のメーカーがしのぎを削る超人気カテゴリーとして隆盛を極めることになります。

 

開発競争の果てに・ 911GT1

Photo by Rick W. Dryve

グループB終焉後の1995年、マクラーレンF1GTRがルマン総合優勝を果たしたことを契機に、ルマンにおけるGTカー時代が到来します。

耐久王ポルシェがそれを指を咥えて見ているはずもなく、翌1996年にポルシェは911GT1と呼ばれるGTカーの名を借りた実質的プロトタイプカーをルマンに持ち込みます。

Cカーのようなプロトタイプでなく、あくまでGTカーとはいえ、「公道走行可能なロードカーさえ作れば」開発の幅が広くなるというレギュレーションで、各メーカーの開発競争が再び始まることになります。

そんな中生み出された911GT1は、 ボディシェルとフロントセクションの一部のみを911GT2から流用し、フォルムもエンジン搭載位置も、いやその何もかもを一からレースの為に作り出されたマシンです。

そのデビューイヤーにおいて、優勝こそ逃すも2、3位でフィニッシュを飾り、パフォーマンスを見せつけました。

ちなみに、1996年と911GT1の2台がリタイヤを喫した1997年を連続で制したのは、オープンプロトタイプであるポルシェWSC95でした。

©︎Porsche AG

1998年、GT1開発競争は激しさを増し、メルセデスベンツCLKGTR、トヨタTS020、日産R390といった実質的な”プロトタイプカー”たちがルマンのグリッドを席巻し、グループC以来空前のワークス戦争が幕を開けます。

ポルシェ911GT1もまた更に過激な進化を遂げ、ついにカーボンモノコックシャシーを与えらます。

ワイドアンドローの過激なフォルムはスポーツカーメーカーポルシェ、その背水の陣を形にした極めて戦闘的なものでした。

©︎Porsche AG

速さに勝るもリタイヤして消えていったトヨタTS020を退け、ポルシェは堅実な走りで1.2フィニッシュ。

しかし苛烈を極めた開発競争はすでに着地点を失い、ポルシェの目指すところでは無い「メーカー間の金の出し合い・潰し合い」にエスカレートしていました。

この年を機に、トップカテゴリーを戦うワークスとしてのポルシェはしばらくの間ルマンを去ることになります。

 

まとめ

スポーツカー・メーカーであるポルシェにとって、レースに勝つことの重要性は他のメーカーの比較にならないと言っていいでしょう。

しかし、ポルシェはいつでも勝利の先、レースの未来を見ていました。

例えば、今や定番となった”FIA GT3″カテゴリーは、各メーカーが市販レースマシンを作り、チームに販売することで、GTのトップカテゴリーでありながら大幅にエントラントに対する敷居を下げ人気を博しています。

しかしこの「市販レースマシン」という発想は、実はポルシェが創業以来911で続けてきたことに他ならないのです。

©︎Porsche AG

ポルシェは技術面では冒険せず、ハイクオリティに徹し、地に足のついた「いい仕事」に徹するメーカーです。

とてつもない先進性ははっきり言って無いと言えます。

しかし、レースに「勝利」し、レースを「盛り上げる」ことに対しては並々ならないノウハウと影響力を持っていることは間違いありません。

ポルシェこそ、近代のレースに最も貢献してきたメーカーであると言えるでしょう 。

最後に、2016年のルマン、優勝目前のファイナルラップでリタイヤを喫したトヨタに対し、Facebook上で 勝者ポルシェが捧げた言葉をご紹介しておきます。

レースに対するその素晴らしい情熱と深い愛が伝わってきます。

©︎Porsche AG

24時間、互いに競い、 24時間、しのぎを削った。

そして、語り継がれるリスペクトが残った。

ポルシェ、2016年ル・マン24時間耐久レース総合優勝。

熱き闘いを共にしたトヨタへの敬意を表して。

Porsche公式Facebookより

更に粋なことに、この投稿の画像には優勝したPORSCHEのマシンではなく、TOYOTA TS050の雄姿が添えられていたのでした。

 

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