2019年10月20日(日)、栃木県にあるツインリングもてぎで、ロードレース世界選手権(以下MotoGP)第16戦『MOTUL GRANDPRIX OF JAPAN』が開催されました。今シーズンは日本人の活躍が目立つMoto3クラスに、母国グランプリとして初めて挑戦する日本人ライダーたち。参戦体制やマシンが異なる3名それぞれの『日本グランプリ』を、振り返っていきます。

小椋藍選手(Honda Team Asia)/Photo by TEIJI KURIHARA

小椋 藍 選手(Honda Team Asia)

ツインリングもてぎ名物のファーストアンダーブリッジを駆け抜ける小椋藍選手(Honda Team Asia)/Photo by TEIJI KURIHARA

アジアタレントカップ(以下ATC)、レッドブル ルーキーズカップ、FIM CEVレプソルインターナショナル選手権(以下CEV)というHONDAの育成プログラムを4年間歩んできた小椋藍(あい)選手は、全日本ロードレース選手権には参戦することなく育ってきた日本人ライダーのひとりです。

そのため、シーズン前の日本での知名度はあまり高くはなく、『ホンダの秘蔵っ子』として、今シーズンからMotoGP Moto3クラスにHonda Team Asiaから参戦しています。

前半戦から着実にポイントを重ね、第14戦アラゴングランプリで2位表彰台を獲得。(ルーキーイヤーライダーの表彰台獲得は14年ぶりの快挙)

初挑戦となる日本グランプリでは、地元でのMotoGP初優勝が期待されていました。

PROFILE

Photo by TEIJI KURIHARA

生年月日:2001.1.26

東京都出身 168cm/56kg

2014年もてぎ選手権J-GP3ランキング2位

2016年ATCランキング2位

2018年CEV Moto3クラスランキング5位

ドライコンディションの中、18日の金曜日に行なわれたフリープラクティス1(以下FP)、FP2を終え「確実に良くなってきている!」と話してくれた小椋選手は、翌日の午前中に雨の難しいコンディションの中で行われたFP3で、見事トップタイムを記録。

決勝レースのグリッドを決める予選、(以下Q)2に進出しました。

FP3後に、Honda Team Asiaの監督である青山博一氏に、小椋選手について聞いてみました。

ライダーとして2006年日本グランプリ250ccで優勝経験のあるHonda Team Asia監督青山博一監督。/Photo by TEIJI KURIHARA

今シーズンの小椋選手について

今年は(MotoGP)1年目で、非常にいいシーズンを送っていると思います。

まあ、前半戦は苦戦していましたけど、中盤から後半に向けて調子を上げていますし、本人と我々もそういう目標できて、予定していた通りの流れです。

もちろん、まだ若いですし体力面であったり、経験値といったところで、まだまだ足りていないところも当然あるので、、、伸ばしていけるところが沢山あるということで、今後もチームとしては全力で彼をサポートしていきます。

地元のグランプリは、彼にとって初めてなので、今までに無いプレッシャーもあると思いますが、これも経験として今後に役に立つはずです。

今日の雨のセッション(FP3)では、すごくいい走りをしていましたし、午後の予選もあんな感じで行ければ、もうちょっと詰められると思います。

明日は天候にもよりますけど、今年一番のレースをして欲しいと思っています。

19日土曜日のQ2は降り続ける小雨の中、水はけの良いもてぎのレーシングコースで止んでいく方向の雨という、ふたつの要素を考慮してHonda Team Asiaが選んだのは、一度走行して溝の減ったユーズドのレインタイヤを装着してタイムアタックすることでした。

レインコンディションのFP3でトップタイムを出していた小椋選手は、FP3とは少し異なる微妙なコンディションの中、単独走行でのQ2タイムアタックを決行します。

しかし、アタック1周目の4コーナー立ち上がりでハイサイド気味の転倒を喫してしまい、その結果Q2はノータイム。

決勝レースは17番手(エントリー台数31台中)からのスタートとなってしまいました。

予選後_小椋藍選手インタビュー

-凱旋グランプリとして特別な気持ちは?

「ありますけど、いつも通りが一番なので、いつも通りやるだけです。

今日(Q2)は1周目で転んじゃったので、こういうところは(精神面でも)まだまだなんだなと思います。

明日は、後ろからのスタートですけど頑張れればなと思います。」

秋晴れの中迎えた決勝レース当日、17番グリッドからスタートを切った小椋選手は、ほぼイコールコンディションといえるMoto3クラス特有の激しい争いの中、一時は21番手まで順位を落としてしまいます。

しかしその後、追い上げをみせて14位でチェッカーを受けました。

CEV・Moto3参戦ライダー山中琉聖選手(Estrella Galicia 0,0)

山中琉聖選手(Estrella Galicia 0,0)/Photo by TEIJI KURIHARA

小椋選手と同様に、海外を舞台にロードレース経験を重ねているのが山中琉聖(りゅうせい)選手です。

2015年からATCに、2017年からルーキーズカップにそれぞれ2年間参戦し、今年からCEV Moto3クラスにEstrella Galicia 0,0のジュニアチームからフル参戦している山中選手は、バレンシアでCEV1勝を上げています。

今年はMotoGP Moto3クラスにも、開幕戦カタールをはじめイタリア、カタルニアにワイルドカード参戦を果たし、最高位は第7戦カタルニアの9位と、シングルフィニッシュも経験しています。

今回の日本グランプリはこれまで同様、CEVに参戦しているチームの母体チーム(Estrella Galicia 0,0)から、2018年モデルのNSF250RWでのエントリーとなりました。

日本では2017年、全日本ロードレース選手権最終戦鈴鹿のJ-GP3クラスにスポット参戦(テルル・MotoUPレーシングより参戦)し、3位表彰台を獲得している山中選手ですが、基本的には海外を主体に活動しているため、今回の日本グランプリ参戦は凱旋レースとして望む、初めてのMotoGPといえるでしょう。

PROFILE 

Photo by TEIJI KURIHARA

生年月日:2001.11.06

千葉県出身

2019 CEV Moto3クラス参戦中

第2戦バレンシア・レース2優勝 ランキング5位(日本グランプリ参戦時)

19日土曜日に行われたFP3の結果から(上位者14名はQ2~)Q1スタートとなった山中選手は、Q2への進出(Q1上位4名がQ2へ)をかけて降りしきる雨の中を出走しました。

Q1でしっかりと路面コンディションを把握しながらタイムを上げていき、Q2進出を狙う山中選手でしたが、惜しくもQ1結果は6番手。

あと一歩のところでQ2への進出は叶わず、決勝レースは19番グリッドからのスタートとなりました。

ゼッケン#42マルコス・ラミレス選手をマークして走りを学ぶ#06山中琉聖選手/Photo by TEIJI KURIHARA

決勝レース前_山中琉聖選手インタビュー

混戦の予選を走行した結果、レースは19番からのスタートなのですが、1周目にどれだけ前に行けるかがポイントで、『そこ』を最重視しています。

レースでは必ずポイントを取って、前回のワイルドカード参戦時より前でゴールしたいと思います。

晴天となった決勝レース当日、ストレートスピードで劣る型落ちのホンダNSF250RWを駆り、一時は12番手まで順位を上げる山中選手。

レギュラーライダー達との激しいポジション争いを繰り広げ、母国グランプリを見事15位入賞で終えました。

全日本ロードレース選手権J-GP3参戦ライダー長谷川聖選手(ANIJA /CLUB Y`s)

FP1でグランプリライダーとブレーキング勝負するゼッケン#36長谷川聖選手(ANIJA /CLUB Y`s) / Photo by TEIJI KURIHARA

全日本ロードレース選手権オートポリスラウンド(10月6日)で、2位表彰台を獲得し『全日本ロードレース選手権J-GP3クラスチャンピオン』を獲得したばかりの長谷川 聖(しょう)選手。

ワイルドカードでのGP参戦権を手にし、日本グランプリに初出場しました。

全日本ロードレース選手権J-GP3クラスへの参戦は4年目となる今年、開幕戦のもてぎで初優勝!

その後、筑波ラウンド レース2、岡山国際ラウンドと、すでに3勝を上げています。

MotoGPには急遽参戦を決めたため、全日本仕様のNSF250RをMotoGPのレギュレーションに合わせただけの、圧倒的に不利なマシンで参戦することになりました。

PROFILE 

Photo by TEIJI KURIHARA

生年月日:2000.07.23

鹿児島県出身 165cm/58kg

2015年鈴鹿選手権、岡山国際選手権ダブルチャンピオン

2018年 J-GP3ランキング4位

18日金曜日に行われたFP1、FP2をともに、MotoGPのレギュレーションに合わせた『Moto3クラス共通ECU』への変更に伴うマップ調整やセッティング走行に費やした長谷川選手でしたが、エンジンの吹き上がりが悪いなど、マシンの状態がタイムアタックできるレベルには至らず、すべての走行を終了してしまいす。

そして19日土曜日のFP3では、小雨の降り続く難しいコンディションの中、予選への参加基準タイムをクリア(トップライダーQ1、Q2、Q3の平均タイムの107%以内)するための、孤独なタイムアタックに入りました。

メカニック達による度重なるマップ調整の結果、なんとかエンジンが回るようになってきたマシンですが、それでもセッティング不足は否めない状態です。

そんな中、滑りやすい路面と初めて装着するダンロップ製レインタイヤ(全日本ではブリジストンを使用)でのグリップを探りながらの走行を余儀なくされた長谷川選手は、開始3周目の5コーナーで転倒。

自力でコースに復帰すると、そのままピットイン。

マシンを修復して、再スタートを切った長谷選手に残された時間は30分以上あったため、この時点ではチーム監督も「まだまだ大丈夫」と判断していました。

しかし、コースイン時にマシンから白煙が上がっていた為、『オイル漏れ』を懸念したオフシャルがオレンジボール旗を提示。

長谷川選手はファーストアンダーブリッジ先のコースサイドに、マシンを停車させるしかありませんでした。

Photo by TEIJI KURIHARA

白煙の原因はオイルでは無く、転倒時に巻き込んだ水分を含んだ土などから水蒸気が発生しただけ。

FP3が雨の走行となってしまったことで、不運が重なったとしか言いようがありません。

しかし、FP3終了後に107%の基準タイムを僅か0.2秒の差でクリア出来なかった長谷川選手の『日本グランプリ』は、この時点で終了。

予選・決勝を走ることは許されませんでした。

長谷川聖選手インタビュー

自分のバイクがもう少し早い段階で普通に走れるようになっていたら、このタイム差にはならなかったと思います。

グランプリライダーと比べてコーナリングでの差は、思ったほどあまり感じませんでした。

今回は何も出来なかったので、全日本ロードレース選手権最終戦 鈴鹿(J-GP3)では、ポール・トゥ・ウィンとコースレコードを目指してがんばります!

全日本勢WGPワイルドカード参戦への高いハードル

走行終了後もパドックでエンジン始動してデロルト製ECUのマップ調整を繰り返し行なっていたゼッケン#36号車の全日本参戦マシン /Photo by TEIJI KURIHARA

予選、決勝ともに走行出来ないまま初挑戦の日本グランプリを終えることとなった#36長谷川選手。

彼が所属するチーム、『CLUB Y`s』山田代表のインタビューをもとに、MotoGPへワイルドカードで参戦する難しさに触れておきます。

全日本チームなど、MotoGPに母体チームを持たないレーシングチームワイルドカードで参戦するためには、マシンレンタル、エンジンレンタル、デロルト製の『Moto3クラス共通ECU』とハーネスのみをレンタルするという3つの選択肢が存在します。

MotoGPに参戦するチームなどから、型落ちマシンなどをレンタルするには、数百万円以上のレンタル料が発生するため、あまり現実的では無いと言っても過言ではないでしょう。

そこで、山田代表は全日本仕様(NSF250R)に積載可能なエンジンのレンタルを試み、スポット参戦を管理サポートする会社に問い合わせたところ、かなり使い古された中古エンジンしかストックがなく、リペアパーツを調達してエンジンをリフレッシュするには、時間的な余裕がありませんでした。

そうなると、最後の選択肢はデロルト製『Moto3クラス共通ECU』をレンタルする方法で、それにあわせてハーネスも変更し、全日本ロードレース選手権で使用しているマシンであるほぼノーマルのNSF250Rで参戦するに至ったのだそうです。

サポートスタッフとマシンを前に話し込む『CLUB Y`s』山田代表 / Photo by TEIJI KURIHARA

しかし実際にふたをあけてみると、共通ECUが手渡されるのは、レースweekのもてぎに入ってから。

ウィーク初日の木曜日にマシンのエンジンをかけて、初めてマップを開き調整を開始するという、ぶっつけ本番状態でした。

現地入り後は、デロルトのECU技術者とワイルドカード参戦を管理する会社のスタッフによる手厚いサポートが行なわれ、金曜日のFP3がスタートするころには、なんとか快音を響かせたのでしたが、コースコンディションがウィーク初の雨というかなり難しい状況となり、『CLUB Y`s』にとって最悪の結果となってしまいました。

まとめ

アライヘルメットでアルバイトしていた小椋選手は今回も自分で塗装したヘルメットで『日本グランプリ』に参戦していた。/ Photo by TEIJI KURIHARA

日本人ライダーがMotoGPにレギュラー参戦を果たす道筋は、小椋選手が歩んできたATCから始まり、ルーキーズカップからCEVへ参戦するという、全日本を経験しないルートが、ここ数年で確立しています。

その道筋を追いかけるかのようにステップアップしてきた山中選手は、来シーズンからのMotoGP Moto3クラスへのレギュラー参戦が決定。

一方、かつては盛り上がりをみせていた全日本選手権勢のワイルドカード参戦は、年々ハードルが上がっており、不可能に近い状況です。

今回の参戦で、全日本選手権の認知度の低さを痛感したという長谷川選手は、MotoGPに次回参戦する時には、「長谷川選手も走っているあの全日本か!」と言われる存在となれるくらいに、今後も全日本を盛りあげていきたいと話してくれました。

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