日本のメーカーは、エンジン単体の性能を最大限に引き上げ、速さと燃費を両立できるよう、開発に尽力してきました。そんななかで、最近になって増加しているのが『アトキンソンサイクルエンジン』です。いったいどのようなエンジンなのでしょうか。
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熱エネルギーを無駄なく使いきる!アトキンソンサイクルとは
アトキンソンサイクルについて説明する前に、まずはエンジンの基本構造や動作原理について解説します。
ガソリン車の現行モデルはレシプロエンジンを搭載しており、内燃機関の中で『吸気』→『圧縮』→『膨張』→『排気』の4行程が繰り返されるオットーサイクルが行われています。
また、エンジンの構造上、シリンダー移動区域にあたる『行程』は、圧縮時と膨張時で同じ長さのため、膨張時の熱エネルギーは、決まった長さだけシリンダーを押し出すことになります。
そして膨張時の圧力(膨張圧力)は、シリンダーをさらに押し下げるエネルギーを生み出すため、その分シリンダーの行程を延長すればいいと考えてしまいますが、圧縮時の圧力が高くなることでノッキングが起きることも。
そうなると、膨張に限定して上死点から下死点までを長くすれば、より発生した熱エネルギーを無駄なく使いきることができるはず。そう考えられ、膨張時の行程を圧縮より長くすることで熱効率を改善し、産まれた内燃機関がアトキンソンサイクルエンジンです。
アトキンソンサイクルとミラーサイクルの違い
アトキンソンサイクルは、通常のオットーサイクルよりエネルギーを無駄なく効率よく使うために優れた機構ですが、クランクシャフトとコンロッドを複数のリンクと組み合わせるため、部品点数が増えてしまう上に、複雑な機構だったため、実用化には至りませんでした。
しかし、その後1957年に、アメリカのラルフ・ミラー氏が、同様の効果を吸排気タンビングを変更することで得られる「ミラーサイクル」を提唱し、特許を取得。
後に可変バルブタイミング機構が欧州メーカーの間で研究され、1980年代に実用化されました。
そしてマツダは、ミラーサイクルを初めてユーノス800とミレーニアに搭載したのです。
ミラーサイクルは、吸気通路にロータリーバルブを設けることでバルブタイミングを調整。ガソリンと空気の混合気を吸気ポートからシリンダーへ吹き込む際にピストンが下死点から上死点にむけて上がりはじめても、バルブをしばらく閉じないようにすることで、一部の吸気された混合気が吸気ポートへ吹き替えられます。
そして、吸気バルブが閉じられたときに、残りの混合気を圧縮させて爆発させるのですが、混合気を少なくして圧縮させると混合気の温度上昇が抑えられますが、膨張比は大きくなってしまいます。
しかし、ピストンが下死点に達するまでの間にちょうど良い熱エネルギーになるため、熱効率は向上することになるのです。
今のアトキンソンサイクルエンジンは偽物?
トヨタやホンダが乗用車に搭載するエンジンに採用しているアトキンソンサイクルは、実はミラーサイクルと全く同じ構造です。
ミラーサイクルの欠点として、混合気を減らす分、トルクが低くなるという特性があるのですが、トヨタは動力源にモーターとバッテリーを追加したハイブリッド技術を併用することで、その欠点を補いました。
もちろん、ハイブリッドはミラーサイクルエンジンの欠点を補うだけでなく、パワートレイン全体のパワーアップと燃費の向上も実現しています。
ではなぜ、トヨタやホンダはミラーサイクルエンジンを、アトキンソンサイクルと呼ぶのでしょうか?
理由はさだかではありませんが、ミラーサイクルはマツダのイメージが強いため、区別するためにアトキンソンサイクルと名付けたのだと考えられます。
ホンダは正真正銘のアトキンソンサイクルを実用化させてた
アトキンソンサイクルと呼ばれるエンジンは、実際にはミラーサイクルなのですが、実はホンダが本物のアトキンソンサイクルを市販化しています。
ホンダが2011年に市販化した『EXlink(エクスリンク)』は、複リンク式高膨張比エンジンで、正真正銘のアトキンソンサイクルでした。
エンジン内のピストン、コンロッド、クランクシャフトに加え、クランクシャフトの1/2の速さで回転し、スイングロッドに駆動力を伝える『エキセントリックシャフト』、エキセントリックシャフトの動きをトリゴンリンクに伝え、吸気・膨張の下死点位置を変化させる『スイングロッド』、そして、コンロッド/クランクシャフト/スイングロッドを介してエキセントリックシャフトを繋ぐ『トリゴナルリンク』が追加され、アトキンソンサイクルの原理をシンプルかつコンパクトな構造で再現しているのです。
これにより、圧縮比が12.2:1に対し膨張比を17.6:1まで拡大させ、少ない燃料から最大限のエネルギーを無駄にすることなく取り出すことが可能となりました。
しかし、EXlinkはガソリンではなく天然ガスを燃料とするコージェネレーションユニットであり、実際にクルマへの応用はされていません。
それでも複リンク式機構のアトキンソンサイクルを世界で初めて量産したホンダの技術力は、さすがとしか言いようがありません。
まとめ
驚くべきことに、アトキンソンサイクルはメルセデスベンツの創始者である、カール・ベンツとゴッドリープ・ダイムラーが世界初のガソリン自動車を作る4年前の1882年に考案され、開発者のイギリス人、 ジェームズ・アトキンソンは可変圧縮膨張比エンジンで特許を取得しています。
それから百数十年が経過し、VVT-iやi-VTECといった可変バルブタイミング機構が登場。アトキンソンサイクルは、ミラーサイクルを利用することで同等の効力を発揮しています。
このように現行のアトキンソンサイクルエンジンやミラーサイクルエンジンは、100年以上前から先人たちが培ってきた技術の結集なのです。