ポルシェのスポーツカーといえば、今でこそミッドシップのボクスターとケイマン、RRの911を思い浮かべますが、かつてはポルシェ自身、911に限界を感じ、FRスポーツへ置き換えようという動きもありました。その中でポスト911の本命とされ、特にターボモデルは多くのライバルにとってのベンチマークとなっていたのが、ポルシェ944です。

ポルシェ944 / Photo by Ben

ポスト911となる新型FRスポーツを開発せよ!

944は当初911の後継として、924ターボに続く本命とされていた/ Photo by Thibault Le Mer

「ポルシェ944は、かの名車911の後継として開発された」とはよく言われる話ですが、そこに至るまでの話はそう単純ではありません。

そもそもミッドシップスポーツの「914」をVW(フォルクスワーゲン)との合弁で生産する計画が、VWの体制変更で立ち消えとなるだけでなく、VWタイプ1「ビートル」後継車の開発からも遠ざけられるなど、VWとの関係が冷え込む中、ポルシェも創業社長であるポルシェ一族のフェリー・ポルシェが退陣。

新体制となったポルシェでは、優秀なスポーツカーではあるもののユーザーが限定され、さらに戦前から続くような伝統あるメーカーの車に対してステータス性で劣り、実用性や将来的な発展性にも乏しいと考えられた911や914に、見切りをつけていました。

代わって検討されたのは、大人4人が乗っても快適で実用性が高い、つまり大市場の北米でも十分な競争力を持ち、生産性が高く低コストで収益性を改善できるFRレイアウト、しかもミッションをリアに配置したトランスアクスル方式で重量バランスを適正化した、FRスポーツクーペです。

ポルシェ944Sのエンジンルーム/ Photo by Rob Smith

まずステータス性も高い大排気量スポーツ計画「ヴァリアント」(後の「928」)がスタートしたところで、今度はVWの側から傘下のアウディ向けの小型スポーツを開発してほしいという依頼が舞い込みます。

VWとしては914から手を引いた引け目もあっての埋め合わせ、さらに傘下に置いたものの経営が不調なアウディの救済案という一石二鳥のアイデアでしたが、ポルシェ側としても914後継としてもってこいな話として快諾。

結局アウディでのスポーツカー販売は、またも立ち消えになってしまいますが、ポルシェ側ではそのまま話を進め、生産拠点の不足を補うべく、アウディの旧NSUネッカーズウルム工場で新たな小型FRスポーツを生産できる事になり、1975年に「924」が発売されます。

こうして1978年に発売された大型大排気量のV8エンジン搭載の「928」を911後継に、小型2リッター直4エンジン搭載の「924」を914後継に据える新ラインナップがスタートしますが、どちらかといえばラグジュアリーGT的な性格が強い928は、どうも911後継としては馴染みません。

ポルシェ944S2でもラゲッジは実用的 / Photo by Robin Tobin

さりとて924の方も、ワーゲンポルシェと言われた914同様、「アウディのエンジンを積んだ”911じゃないポルシェ”」として、924への搭載に当たって大改造を施したポルシェ技術陣の奮闘も虚しく、少なくとも911ユーザーからの評判は芳しくありませんでした。

それでもポルシェは地道に924の改良を進め、1979年に登場した924ターボで「動力性能にも不満のないリアルスポーツ」として認められるようになりますが、相変わらず911ファンは満足してくれないのが実情です。

単にFRというだけでなく、2リッターターボの924ターボでは車格もサイズも911後継としては不足というわけで、そもそも914後継のため、仕方のない事とはいえ、ポルシェでは924より一回り大きく、928をスケールダウンした力強いデザインを持つFRスポーツを、新たに開発します。

1981年のル・マンで総合7位完走したポルシェ944LM(944GTP) / 出典:https://www.favcars.com/porsche-944-gtp-1981-pictures-62493.htm

そして1981年のル・マン24時間レースには、グループ6の936、グループ5の935といったレーシングカーとともに、グループ4の924カレラ・ターボが4台出場。

さらにGTP(GTプロトタイプ)クラスに924ベースの「944LM」というレーシングカーが出場し、総合7位・クラス1位で完走します。

この944LMこそが928スケールダウン版の新型FRスポーツ「944」の原型で、同年のフランクフルトショーで市販型が発表され、1982年に発売されました。

928のスケールダウン版とはいえ、ポップアップヘッドライトやリヤのヴァイザッハ・アクスルは踏襲されず、リトラクタブルヘッドライトなど全体的な印象はむしろ924と似ていましたが、前後ブリスターフェンダーによるたくましさは924の軽快ながら線の細いイメージを払拭し、高級感と力強さを兼ね備えたFRスポーツです。

そしてこの944をもって、ようやくポルシェは「911後継の本命」を手に入れました。

最大のライバルは、「ポルシェ911」だった!

オーストラリアで開催されるターマックラリー、タルガウエスト2019へ参戦した944ターボ / Photo by Tim Sneddon

このように、944は924後継ではなく、あくまで「924ターボですら物足りなかった911後継」としてのバトンを受け取った、928と924の中間に位置する新型車として誕生します。

その開発に当たっては、砂漠や極寒など極限の環境から都市部の渋滞まで走りきり、そのままの状態でサーキット走行までこなすという限界に挑戦し、見事にクリアするという凄まじさで、ル・マンでプロトタイプが見せたタフさを市販車でも実践。

まさにポルシェらしい耐久性を誇る、素晴らしいFRスポーツとなりました。

エンジンは928用のV8から片バンクを拝借して排気量アップした2.5リッター直4で、先に特許を取っていた三菱から、トランスアクスルの技術とバーターで許諾を得たバランサーシャフトにより、「エンジンの上にコインを立て、フルスロットルにしても倒れない」と言われたほど高い静粛性を誇ります。

944ターボは多くの日本製スポーツカーもベンチマークとしてその名を挙げた / Photo by Ben

924からの上級移行、そして928より現実的な、「ポルシェFRポルシェスポーツの決定版」としてヒット作になった944ですが、しかし!それでも911の後継にはなれませんでした。

「ジッポーとポルシェは男の最後の砦」という格言すらあるほど頑迷なユーザーにとって、924にせよ944にせよ「乗りやすくて速くてカッコよくて実用性も高い、素晴らしいスポーツカー」など、全く大きなお世話でしかなかったのです。

しかしそれだけではなく、924を売り、944が大ヒットになるほど人々にその技術力を認められたポルシェでは、本来マニアックで扱いにくいシロモノであるはずの911までが、どういうわけか売れだしたのです。

944のエンジンをDOHC化した「944S」/ Photo by Hugh Llewelyn

現代の言葉で言うなら「本物志向」という事なのか、人々は時にどんなに優れた選択肢より、あえて不合理さを選ぶ時があり、そこにどハマリした911を見たポルシェ首脳陣は、むしろ「こんな古くて扱いにくい車でもまだ売れる」と喜んでしまいます。

そして、356以来で901型にはなかったカブリオレを追加。自然吸気高性能版カレラ復活と、2代目930型「911」を喜々として改良していく一方で、944もデビューから2年以上たってようやく「944ターボ」が追加されますが、その頃にはもう「911と944、どっちも大事でみんないい!」という状態になってしまいます。

やむなくポルシェは911を「従来からのクセを好むユーザー向け」として3代目964型へモデルチェンジし、944は「オートマもある新時代のヤングエグゼクティブ向けラグジュアリーGTスポーツ」という、ミニ928のようなポジションへ置きました。

自然吸気版944の最終進化系、3リッター化された「944S2」/ Photo by Jacob Frey 4A

そのどちらもが売れたので、911に4WDのカレラ4が追加されれば、944にはDOHC版の944S、3リッター化した944S2とオープントップ版の944S2カブリオレが追加されるといった次第で、もともと考えていた「944を後継として、911は2代目930で終わりにする」という構想は、すっかりどこかへ飛んで行ってしまったのです。

しかも、911が改良を重ねるごとに安定感を増し、高性能化にも対応していったのに対し、フェラーリ328などとシェア争いしていたはずの944は、気がつけば「944ターボを目標に開発しました!」という日本車その他、後発のライバルに性能で追いつかれ、しかも意外にアップデートの余地が少なかった事もあって、早々に陳腐化傾向に陥ります。

944S2のコンバーチブル版「944S2カブリオレ」/ Photo by Jacob Frey 4A

さらに、944を生産していたアウディの旧NSUネッカーズウルム工場も返還を迫られており、ポルシェが当時持ちえた生産能力では、911(3代目964)と944、双方を主力とし続けるのも無理な話で、結局ポルシェは911を選択し、944は1991年で生産を終えてしまいます。

その後も944はデザインやエンジンを一新した「944S3」、後の「968」へと開発を続けられますが、結局その968を最後に、924以来のポルシェFRスポーツは幕を閉じる事になりました。

主要スペックと中古車価格

ポルシェ944 2.5/ Photo by Rutger van der Maar

ポルシェ 944 ターボ 1990年式
全長×全幅×全高(mm):4,230×1,735×1,275
ホイールベース(mm):2,400
車重(kg):1,400
エンジン:M44/52水冷直列4気筒SOHC8バルブ ICターボ
排気量:2,478cc
最高出力:184kw(250ps)/6,000rpm
最大トルク:349N・m(35.6kgm)/4,000rpm
燃費:-
乗車定員:4人
駆動方式:FR
ミッション:5MT
サスペンション形式:(F)ストラット・(R)セミトレーリングアーム

(中古車相場とタマ数)
※2021年2月現在
944:235万~298万円・3台
944S2:344万円・1台
944S2カブリオレ:345万円 or ASK・2台
944S/944ターボ/944ターボS:流通なし

もっとも走り込まれ、愛されたポルシェかも?

もっとも売れたFRポルシェとして今も944の人気は高い(944フェスタ2015) /Photo by Brad

結果的に当初の目的からかけ離れた歴史を経て、911よりも速く消えて行ったポルシェ944ですが、比較的手頃で扱いやすく、実用性にも優れた高性能FRスポーツポルシェとして大量に売れたのは間違いなく、中古車としても多数の944が出回り、多くの若いユーザーを育てました。

また、1987年から翌年にかけ限定1,000台が販売された944ターボSによるワンメイクレース「944ターボカップレース」も開催され、ユーザーを選ぶ911に対する、エントリースポーツ的な役割も果たしています。

その精神はレイアウトの差こそあれ、現在のボクスターやケイマンへ受け継がれており、また924や928から続いた水冷エンジンの技術は、初代ボクスターや996型以降の911に生きており、近代的スポーツカーメーカーとしてポルシェが生き残るのに、944が果たした役割は決して小さいものではありません。

そして何より、1990年前後に相次いで登場した日本製高性能スポーツが、世界で戦える性能まで引き上げられたのも、ポルシェ944ターボを目標としていた事によるものであることを、忘れてはなりません。

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