カロッツェリア・ギア時代の作品

いすゞ117クーペ

更なるステップアップを臨んだジウジアーロは、ベルトーネを去ることを決断。

前任のルイジ・セグレの死去によりチーフスタイリスト不在となっていたカロッツェリア・ギアへの移籍を決意します。

出典:http://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/motorz.production.assets/wp-content/uploads/2016/11/isuzu-117-coup-04.jpg

出典:http://srv2.betterparts.org/

ちなみに、ベルトーネにおけるジウジアーロの後任に選ばれたのは「ランボルギーニ・ミウラ」や「ランチア・ストラトス」のデザインで後に”スーパーカーの父”となる、マルチェロ・ガンディーニでした。

今も尚、”最も美しい日本車”として名高い「いすゞ117クーペ」は、1967年のジュネーブ・モーターショーで初めてベールを脱ぎました。

ため息が出るようなスタイリングは、ベルトーネから「解放」されたジウジアーロのスタイリングが限りなくピュアに注ぎ込まれており、それがゆえに量産不可能とまで言われたデザインでした。

しかし、いすゞはこの美しいマシンを殆どジウジアーロが鉛筆を走らせたそのままのデザインで市販化に成功。

その裏にはプレス鋼板では再現不能なボディラインを、手作りの板金で作り上げるという血の滲む努力が秘められており、月産わずか50台しか生産することが出来なかったと言われています。

またエンジンにもいすゞの本気が込められており、1.6L 直4DOHCエンジンをツインチョーク・ソレックス2基で武装し、ジュリア・スプリントGTにも勝るとも劣らない120馬力を絞り出しました。

出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Isuzu_G161W_001.JPG

117クーペのG161W型エンジン 出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/

日本車で、しかも量産車でこれだけのスタイリングと機能面でのこだわりを両立させたクルマは前例がなく、もしかしたらこの117クーペ以降の日本車でも、ここまで純度の高いクルマは無い…と言えるかもしれません。

デザイン的にはベルトーネ時代のジウジアーロ・スタイルの集大成が、ギアに辿り着いたここにおいて結実しているようにも見えます。

これ以降のジウジアーロ作品は70年代から80年台の世界観を先取りした「近未来感」を纏うようになります。

 

デ・トマソ マングスタ

マセラッティなどを駆り、レーサーとして名を馳せたアレハンドロ・デ・トマソが立ち上げたスポーツカーメーカー「デ・トマソ」。

その史上2台目のマシンが1967年に発売された「マングスタ」でした。

フォード製4.8リッターV8エンジンをミドシップに搭載、ランボルギーニ・ミウラなどと並び新時代のミドシップ・スーパースポーツの一角として、デ・トマソの名声を一気に上げたクルマといえます。

出典:http://www.supercars.net/blog/wp-content/uploads/2016/04/24d3670b.jpg

出典:http://www.supercars.net/

その名の由来には面白い逸話があり、同じフォードV8エンジンを搭載し「ACコブラ」を製造していたキャロル・シェルビーとの確執から、「コブラ」の天敵である「マングース(イタリア語でマングスタ)」の名を与えられたと言われています。

そしてジウジアーロによるデザインはベルトーネ時代と一転、直線を基調とし尚かつガルウイング型に開くリアセクションを採用するなど、未来を紡ぐかのようなシャープなデザインが与えられています。

リアビューなどは、後のDMCデロリアンと似たエッセンスも見て取ることができます。

70年代以降のジウジアーロ・デザインの先駆けといえるクルマといえるでしょう。

 

イタル・デザイン時代の作品

AUDI Asso di Picche(Ace of Spade)

出典:http://mklr.pl/

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結果的にわずか3年でギアを去り、ジウジアーロは自らデザイン会社「イタル・デザイン」を立ち上げます。製造とデザインを掛け持つカロッツェリアの時代は終焉を迎えようとしており、培ったエンジニアリングの知識をベースにデザインのみを追求する、という道を選択した訳です。

イタル・デザインは当初から「近未来」を創造する意欲に溢れた作品を多く送り出しています。

初代アウディ・80のコンポーネントをベースに1973年に発表されたコンセプトカー「アッソ・ディ・ピケ(Ace of Spadeの意)」は突き抜けたコンセプトを持っており、当時は珍しかったデジタル・メーターなどもさることながら、80年台のアウディ・クアトロのデザインを先取りしたかのような鋭角的なフォルムにジウジアーロの先見性が伺えます。

その後ジウジアーロはこのコンセプトをベースにアウディ・80の2代目のデザインを手がけることとなり、角を落としたようなクリーンでいて凝縮感のあるデザインは、正に現代に続くアウディ・デザインの基礎を築いたクルマといえるでしょう。

 

BMW M1

1976年に始まった”シルエット・フォーミュラ”による世界メーカー選手権で、ポルシェ935に惨敗を喫したBMW。

その雪辱を果たすべく、ミドシップレイアウトを採用し空力的にも有利な禁断の”ホモロゲーション用マシン”の制作に踏み切りました。

出典:http://auto-live.hu/

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車体製造はランボルギーニに依頼し、その設計を手掛けたのはジャン・パオロ・ダラーラ、つまり後のシャシーコンストラクター「ダラーラ」の創設者。

エンジンはBMW史上初めて「M」の名が与えられた3.5リッター直6「M1エンジン」を搭載しています。

加えて戦闘的なそのスタイリングはジウジアーロによるもので、まさにBMWの「打倒ポルシェ」への本気が凝縮した1台と言えるでしょう。

しかし、勝ちを気負い過ぎた為か製造工程が複雑化。ランボルギーニでの製造は遅れに遅れ、結局メーカー選手権が終了するまで「連続する12ヶ月間に400台を製造する」というホモロゲーション目標をクリア出来ず、本来の目的とされたシルエットフォーミュラ仕様はお蔵入りとなってしまったのでした。

一方、独自のワンメイクレースが企画されたり、プライベーターがレースに持ち込んだ為サーキットでも活躍は見せていました。

出典:http://www.bmw-m1-club.de/

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目標がサーキットに置かれていただけあり、ジウジアーロのデザインを一部”破綻”させているはずのコンペティション仕様も実に捨てがたいスタイリングに仕上がっています。

 

デロリアン・DMC-12

出典:https://www.youtube.com/

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言わずと知れた「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のあのクルマ、世界的大スターといってもいいこの「デロリアン」もまたジウジアーロの作品でした。

BMW・M1を見た後に眺めると、デザイン的な共通点の多さに少々驚きます。

1981年にジョン・デロリアンの手により生み出されたこのクルマは、プジョー・ルノー・ボルボが共同開発した2.8リッターV6 SOHCエンジンをリアアクスル後方に搭載したRRマシンで、バックボーンフレームにFRPボディを架装した上で、ヘアライン仕上げ(ヤスリで磨いた傷がそのまま!)のステンレスを貼り付けた唯一無二の質感を持つボディを採用。

当初は多くのオーダーが殺到し工場はフル稼働となりましたが、現在に換算すると1500万円ほどと言われた高価な価格がたたりキャンセルが続出。

果てはジョン・デロリアンの薬物所持(後に無罪放免)と不運が続き、大量の未完成パーツを残しデロリアンは経営破綻してしまうのです。

出典:http://www.usinenouvelle.com/

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奇しくも、このマシンを映画の中の「ドク」と「マーティ」がドライブしてスターダムにのし上がった頃には、デロリアンは欲しくてもオーダーできないクルマとなっていたのでした。

ところが先の通り厖大なパーツがファクトリーに残されていた為、愛好家らがそれを買い取り修理業を営んでいたり、果ては新車をまるごと組み上げて販売したりということが、2010年代に入っても続いているのです。

最近はEVとなって生まれ変わったり、2015年の「タイムスリップ記念日」には劇中よろしく、不要な衣服などから抽出したバイオエタノール燃料で走るデロリアンも登場しました。

スピルバーグによりチューン(?)されたタイムマシン仕様のほうが有名であることは間違いないのですが、巨匠・ジウジアーロ不朽の名作としてもぜひ記憶にとどめておきたい1台です。

 

アルシオーネ・SVX

フラッグシップといえるグランド・ツアラーを持たなかったスバルが、VTD-4WD技術と独自のボクサーエンジン技術をパッケージした北米向け高性能車として開発したのがこのアルシオーネ・SVXです。

出典:http://www.windingroad.com/

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特徴的なルーフは依頼を受けたジウジアーロが提案したデザインに極めて忠実に作られており、その再現の為に日本の技術の粋が集められています。

3次元曲面を持つ複雑なグラス・キャノピーは当時スバル社内での生産は不可と判断され、ガラスメーカー「日本板硝子」の最新技術・もとい開発段階の技術でどうにか実現。

またフロントガラスとサイドガラスもほとんど段差のないシームレスな美しいつながりを持っています。

「グラス・キャノピー」のアイディアは未来を想像すべきデザイナーならではのアイディアだった訳ですが、それをほとんどそのまま市販化したスバルのデザインに対する敬意の高さが、あらゆるところに散りばめられた珠玉の1台なのです。

 

まとめ

実はつい最近、ジウジアーロは自らが立ち上げ、育ててきたイタルデザインをすっぱりと辞め、今は完全にフリーの立場でさまざまな工業製品のデザインに携わっています。

出典:http://www.velocetoday.com/

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デザイン会社という組織と自動車メーカーの要求に向き合いながら、数多くの名車を残してきたジウジアーロ。

また、そんなジウジアーロが提案するデザインをそのまま実現しようという、メーカーの一途な努力にも様々なドラマがあったことを忘れてはいけません。

ジウジアーロの作品群はこれだけに留まりませんが、また機会があればご紹介したいと思います。

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