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F1日本GPで日本人が魅せた名勝負とは?佐藤琢磨、小林可夢偉の活躍に日本中が熱狂したレースをご紹介します。

今週末、鈴鹿サーキットで開催されているF1日本GP。今年は残念ながら日本人ドライバーが参戦していないが、かつては多くの日本人が参戦し、ファンを沸かせる走りを見せた。今回紹介する2人は、2000年代に入ってからの国内でのF1ブームの火付け役となったドライバー。佐藤琢磨と小林可夢偉だ。今回は彼らが繰り広げた鈴鹿での名勝負を振り返って行く。

©MOBILITYLAND

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12年ぶりに日本人ドライバーが鈴鹿でポイント獲得、琢磨が魅せた初の凱旋レースでの活躍

©鈴鹿サーキット

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中嶋悟のフル参戦開始以降、特に1990年代は多くの日本人ドライバーが鈴鹿での日本GPに参戦。しかし1990年の鈴木亜久里が3位表彰台を獲得して以降、ポイント圏内に入るほどの活躍が見られなかった。

そんな中、ポイントどころか優勝も狙えるほどの実力あるドライバーがデビューを果たす。

©鈴鹿サーキット

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佐藤琢磨だ。

2001年にイギリスF3でチャンピオンを獲得すると、これまで数多くのF1ドライバーが活躍経験のあるマカオF3でも優勝。そのままジョーダン・ホンダのレギュラーシートを手にした。

それまでのジョーダンチームは上位にも度々食い込むほどの活躍。ホンダエンジンのバックアップもあり、ルーキーイヤーから表彰台争いもするのではないかと期待も高まっていた。

©鈴鹿サーキット

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ところが、いざシーズンが始まると大苦戦。チームの財政難でまとまった準備ができずレースでもトラブル続き。

さらに琢磨自身もミスしてしまうレースが多く、ノーポイントのまま最終戦鈴鹿を迎えた。

シーズン中には「期待外れだった」とメディアからも厳しい評価を受けるが、それでも彼は諦めておらず、また鈴鹿で凱旋を待っていたファンも彼のことを全く諦めていなかった。

そして、その思いが最終戦での大逆転劇を生み出す。

予選では赤旗中断などのハプニングがありながらも、最後のアタックをしっかりまとめあげ7番グリッドを獲得。

©鈴鹿サーキット

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決勝ではヤルノ・トゥルーリ、ジェンソン・バトンなどのルノー勢と激しいポジション争いをするが、最後に競り勝ち5位でフィニッシュ。自身初の入賞を鈴鹿で飾ったのだ。

この日は、鈴鹿サーキット全体がジョーダンのチームカラーである黄色一色となり、レース終了後の盛り上がりも亜久里が3位になった1990年以来の最高潮のものとなった。

©鈴鹿サーキット

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その後、B・A・Rホンダに移籍し2004年アメリカGPで日本人2人目となる3位表彰台を獲得すると日本でのF1に対する興味関心も高まっていく。

この頃は5月の段階でチケットが完売してしまうほどの人気。2004年の日本GPでは4位入賞。2005年も雨の予選で5番手につける活躍を見せ、ファンを沸かせた。

 

ヘアピンで脅威の5台抜き、記憶にも新しい小林可夢偉の名勝負

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最近の名勝負の主役といえば、やはり小林可夢偉だ。

2009年の終盤にトヨタからデビューし、2010年はザウバーからフル参戦。

初の凱旋レースとなった鈴鹿で、彼は魅せてくれた。

予選ではQ3進出も期待されたが、シケインでミスしてしまい14番手。

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オーバーテイクが難しい鈴鹿で厳しいグリッドになったかと思われたが、「追い抜きが難しい」という概念自体を崩すような走りをみせる。

通常ならシケインや1コーナーなどで狙うのが普通だが、ザウバーのマシン特性もあり、誰もあまり仕掛けないヘアピンの入り口で突破口を作る。

序盤から積極的に攻めていき、結局ここで5回ものオーバーテイクに成功。

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7位でチェッカー。順位以上にファンを興奮させるオーバーテイクショーをみせてくれたこともあり、サーキットは大歓声に包まれた。

なお、このレースを機に、翌年以降ヘアピンエリアに「小林可夢偉応援席」ができたほどの反響だった。

そして、もう一つ日本中を沸かせたのが2012年の日本GP。

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予選で4番手を獲得すると、他者のグリッド降格ペナルティで3番グリッドをゲット。スタートでは好調レッドブル勢の牙城を崩し2番手に進出した。

当時のザウバーのマシンは、パフォーマンスは高かったが安定してトップ争いができるほどでもなかった状態。その中でも可夢偉は懸命にドライブし、レース後半は3番手をキープ。

最後はバトンと表彰台をかけた一騎打ちのバトルとなるが、最後まで冷静に抑えきり、自身初の表彰台を獲得。この時はサーキット全体が可夢偉コールに包まれた。

 

まとめ

©鈴鹿サーキット

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現在では各ドライバー、チームごとに応援しているファンが分かれているが、琢磨と可夢偉が活躍したレースは、明らかにサーキット全体が一色に染まり、10万人を超える大観衆が一丸となって彼らを応援しているという、まさに「日本人ドライバーにとってもホームレース」という雰囲気が出来上がっていた。

残念ながら、日本人ドライバーは2014年を最後にF1で走っていないが、こうして世界に通用する日本人ドライバーがまた登場して、鈴鹿が一色に染まるようなレースが帰ってくることを期待したい。

 

Writer Introduction
Tomohiro Yoshita

フリーのモータースポーツジャーナリスト。サーキット取材は2011年からスタートし、最近ではSUPER GTスーパーフォーミュラを全戦取材。この他にもF1をはじめとする海外レースや、2輪レースもカバー。レースに関する記事だけでなく、サーキットに来場するファンに役立つ情報発信も展開しています。http://www.kansenzyuku.com

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