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18年前のJGTCマシンを振り返る!GT300クラスから8台ご紹介!

1999年の全日本GT選手権GT300クラスは、市販車を改造したプライベーターがしのぎを削る熱い戦いの舞台でした。そんな時代の懐かしい写真とともに、現代とは一味違う手作り感のあるクルマたちを振り返ってみたいと思います。

©︎鈴鹿サーキット

テイボン・トランピオ・FTO

©︎鈴鹿サーキット

RALLYARTのサポートを受けて参戦していたのは懐かしいFTOです。

V6エンジンを積む市販車とは違い、ランエボ譲りの2.0L直4ターボ「4G63」エンジンを搭載!FTOエボリューションとも呼べる魅力的なパッケージングでした。

また、不利なFFレイアウトながら、1999年の開幕戦 鈴鹿では2位、シリーズランキング6位という好リザルトを残しています。

 

BP-トランピオ-BMW

©︎鈴鹿サーキット

2000年にはマクラーレンF1 GTRでの参戦、最近ではアウディとのジョイントで強豪チームとしてGT300に君臨する一ツ山レーシング。

ヨーロッパ車へのリスペクトが持ち味のチームらしく、1999年当時はE36型M3 GTRを走らせていました。

しかし、独自のアップデートが入っているとはいえ、デビューから既に7年が経過しており戦闘力の面では苦戦していました。

ドライバーはオーナーでもある一ツ山康に加え、伊藤大輔が担当していました。

 

クスコスバルインプレッサ

©︎鈴鹿サーキット

初期のGT300で欠かせない存在だった、クスコ スバル インプレッサは、小林且雄/谷川達也のコンビで活躍しました。

市販車との唯一の違いは「FR化」されていることで、ほとんどシルエットはそのまま!サーキット向けのチューンが施された2.0L BOXER4 ターボエンジンは本家「STI」がメンテナンスを担当していました。

もともとラリーを戦う為のクルマゆえ全高も高く空力的に不利でしたが、それをカバーする為のエアロは他車より一歩先を行く洗練度に見えました。

 

STPアドバンタイサン GT3R

©︎鈴鹿サーキット

当時、世界中のサーキットで猛威を振るった996型ポルシェ911ベースの「GT3R」。初の水冷エンジン採用は一部のファンに歓迎されなかったものの、GT最強ポルシェの地位を再び不動のものにした名車です。

JGTCには1999年、第5戦富士で「TEAM TAISAN JR. with ADVAN」からデビューし、見事デビューウィンを飾りました。

更に翌2000年シーズンには優勝4回に2位1回という恐るべきリザルトで完全無欠のシリーズチャンピオンに輝いたのです。

その後、他チームも次々とGT3Rを導入しましたが、このタイサン号のインパクトが薄れることはありませんでした。

 

RE雨宮マツモトキヨシRX-7

©︎鈴鹿サーキット

長きに渡ってGT300をRX-7で戦ったロータリーチューンの雄「RE雨宮」。

メインスポンサー「マツモトキヨシ」のイメージカラーも鮮烈なら、3ローター「20B型」エンジンの耳をつんざくサウンドも強烈でした。

エンジン・シャシーともにメーカーのサポートは一切受けておらず、正真正銘のプライベーターです。

常に上位を走るものの勝利にはなかなか届かず、初のチャンピオン獲得は2006年まで待たなければなりませんでした。

1999年、2000年ともにシリーズ4位の成績を残しています。

 

ウェッズスポーツセリカ

©鈴鹿サーキット

泣く子も黙る「RACING PROJECT BANDOH」といえば、今も昔もこのカラーリング!

当時のGT500スープラと同じ2.0L 「3SGTE型」ターボユニットに、市販車と同じFF駆動の組み合わせで戦いました。

坂東正明監督の熱いキャラクターが印象的なチームですが、1999年シーズンには織戸 学/原 貴彦のコンビで開幕戦優勝、シリーズランキング3位の好成績を収めています。

既にFF車で戦うのは厳しいレベルに到達していたGT300クラスで、しかもプライベートチームでは驚異的な結果と言えるのではないでしょうか。

 

ザナヴィARTAシルビア

©︎鈴鹿サーキット

当時、GT500のみならずGT300にも”ワークス体制”を敷き始めていた「NISMO」。1999年は「ARTA」とのジョイントで最新のS15型シルビアを投入しています。

前年までのS14型から引き継いだノウハウが功を奏し、当初から高いポテンシャルを発揮しました。

土屋武士/井出有治のコンビで第3戦のポールトゥウィン、結果的にシーズン最多の3勝を挙げランキング2位に輝いています。

プライベーターを駆逐する最大の驚異であり、彼らを奮い立たせる究極のライバルでもありました。

 

モモコルセ・アペックスMR2

©︎鈴鹿サーキット

NISMOワークスに移籍した土屋武士の前に立ちはだかったのは、天才メカである父・春雄が率いる1998年の覇者「土屋エンジニアリング」でした。新田守男/高木真一の2人がドライバーを務めています。

時にホームセンターで売られている資材を使い”DIY”で作られたというMR2は、1999年も未勝利ながら2年連続シリーズチャンピオンの栄冠を手にしました。

プライベーターならではの柔軟さと知恵で勝利をつかむスタイルは、今も昔も”GT300の鑑”と言えるかもしれません。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか。

「ワークスVSプライベーター」または「外車VS国産車」など、思わず感情移入してしまうバトルもGT300ならではの魅力ですよね。それは、今も昔も変わらない面白さだと思います。

次回はより厳しい戦いが繰り広げられた、当時のGT500クラスも取り上げる予定です!

 

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Writer Introduction
Shinnosuke-Miyano

20代の頃はメカニックをしたり、お洋服の仕事をしたり、とりとめのない日々を送ってきました。 クルマの楽しさやレースの奥深さを、時にマニアックに、時にエモーショナルにお伝えしていければと思います。 https://www.facebook.com/shinnosuke.miyano

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