スズキ・アクロスはニーハンの45馬力フルパワーエンジンを搭載しながら、通常のタンク部分にメットインスペースを搭載した画期的なモデルです。今となっては”マイナー車”扱いですが、当時の2ストレーサーレプリカ同様にお金のかかった設計が随所に見られ、バブル全盛期の時代を思い起こされる一台です。実はメットインタンクを初めて搭載したバイクでもあり、考え直せば名車と言える存在かもしれません。
CONTENTS
イケイケバブリー時代に登場したスズキのエポックメイキング的バイク!
1989年に開催された東京モーターショーでは、ホンダ・NSX、マツダ ユーノス・コスモ、2代目トヨタMR2(SW20)のような、バブル時代真っ只中の時代を象徴するようなクルマがいくつも出品されていました。
そんな中スズキブースでは、これまたバブリーな軽自動車カプチーノのプロトタイプがお披露目され、その横にSW-1のプロトタイプ、そしてアクロスと売り出されるコンセプトモデル『X913』が置かれていました。
X913はフルカウルのレーサーレプリカを思わせながら、タンク部分をメットイントランクスペースとした250ccロードスポーツというスズキが提案するエポックメイキングなモデルで、ロードスポーツモデルに新たな価値観を生み出すものでした。
スズキ・アクロスとは
スズキ・アクロスは1990年に発売された250ccのスポーツバイクであり、正式には『アクロス』は販売名、機種名は『GSX250F』です。
コンセプトモデル『X913』の名はフロントカウルの側面にステッカーで貼られ、さらに、シートカウルに貼られた『ACROSS』の文字の下には『NEW URBAN SPORTS』という文字が刻まれ、外観上ではスポーツ走行向けのモデルと思わせながら、街乗りやロングツーリングにも最適なところも強調しています。
東京モーターショー1989でコンセプトモデル『X913』の発表翌年にアクロスとして市販化され、アッパーカウルの細部に若干の違いがありましたが、X913に近い形で登場しました。
最大の特徴は、通常タンク部分にフルフェイスヘルメットが入るトランクスペースを設け(通称『メットインタンク』)以降、いくつかのスポーツモデルでも採用されるようになりました。
アクロスは、スポーツバイクでありながらスクーターのようなユーティリティーを向上させる画期的な機能を先取りしていたのです。
メットインスクーターの便利さを250ccスポーツバイクに!
80年代後半のスズキは、1987年に250cc4ストレーサーレプリカのGSX-R250、1988年にGSX-R250からパフォーマンスを高めたGSX-R250R、1989年にネイキッドモデルのバンディット250を登場させ、4ストマルチ250ccクラスで成功を収めます。
そして、さらなる一手として250ccクラスに新たなツアラーモデルを誕生させる構想が浮上。
時は同じく1985年にヤマハが初めてシート下にヘルメットを収納可能にしたスクーター『ボクスン』を登場させ、スクーターではメットインできることがスタンダードになっていきます。
そこでスズキは、スポーツバイクのタンク位置にフルフェイスヘルメットが入るトランクスペースを設け、スクーターのような利便性を兼ね備えた、新たなミドルスポーツモデルとしてアクロスをデビューさせたのです。
アクロスはGSX-R250のツアラー版?
アクロスのエンジンは1987~1989年に発売された初期型GSX-R250(GJ72A)を搭載していました。
アクロスは非常にツアラー志向の強いモデルですが、当時はまだ売れるためにはスペック上のパワー値も重要視されていたので、GSX-R250からパワーダウンさせず馬力自主規制上限の最高出力45PSを発揮。
1993年以降のモデルは馬力規制強化により40PSに設定されました。
しかしながらライディングポジションは、GSX-R250よりも高めに装着されたセパレート式ハンドルに730mmまで下がったシート高の恩恵で、レーサーレプリカのようなキツい前傾姿勢から解放され、ツアラーらしい自然で楽な姿勢になるよう設定されています。
1990年発売直後のモデルには、フロントブレーキにΦ310mmのローターとスライド式2ポッドキャリパーが車体の右側に装着されていましたが、翌1991年の2型からバンディット250と同じ左側に変更されました。
というよりもアクロスは元々フロントまわりがバンディット250と共通部品となっていたので、’91年式以降が本来のあるべき姿だったと言えるかもしれません。
メットインタンクのアイディアは良かったが……
View this post on Instagram
Because of course her first trip would involve obtaining more hardware… #suzukiacross #trunklife
アクロスのトランクスペース容量は25リットルを確保し、フルフェイスヘルメットがスッポリと一つ入れることが可能です。
フレームはエンジン同様にGSX-R250のものでしたが、GSX-R250RのGJ73A型アルミフレームではなく、一世代前のスチール角パイプ製フレーム・GJ72A型を採用。
スチール製のほうがパイプが細く、その分スペースを確保でき、アクロスのフレームはアンダーフレーム部分が取り外し可能なダブルクレードル式フレームにも似た形状になっていました。
燃料タンクはシート下に移動され、シートレール内に沿うよう複雑な形状になっています。
タンクがシート下になったことでバッテリーの居場所がなくなり、シリンダーヘッド上部に移動させられました。
このように、25リットルのトランクスペース実現のためにさまざまな試行錯誤がされたのでした。
トランクスペースの開閉は電磁ロック式になっており、エンジンキーを抜き差しなしで開けることが可能でした。
高速道路の料金所でもエンジン始動のままトランクスペースの財布や券の出し入れでき、しかもトランクスペース内を照らすライトも自動で点灯してくれる優れもの。
バイクにしては便利すぎるトランクスペースでしたが、代償としてタンク容量がわずか12リットルと少量でした。
しかも、スチール角パイプ製フレームとフルカウル仕様だったため他の250ccクラスと比べ乾燥重量が若干重たく、GSX-R250譲りの高回転型エンジンの組み合わせから算出される燃費はお世辞にも良いとは言えず、結果航続距離はガソリン満タンでも短いものでした。
これはツアラー向けバイクとしてはかなり致命的な欠点。
アクロスと同時期に発売されたカワサキ・ZZR250も同じくツアラー向けモデルでしたが、搭載されたのは並列2気筒エンジンで出力も非力な40PSでした。
その分、乾燥重量はアクロスに比べ13kgも軽く、スポーツ性も良好だったためZZR250は人気モデルとなり、比較対象だったアクロスはZZR250の人気の陰に隠れるようになり、いつしかマイナー車となってしまったのでした。
スズキ・アクロスのスペック
1990年モデル スズキ・アクロス | ||
---|---|---|
全長×全幅×全高(mm) | 2,020×695×1,135 | |
ホイールベース(mm) | 1,380 | |
シート高(mm) | 730 | |
乾燥重量(kg) | 159 | |
エンジン種類 | 水冷4ストローク並列4気筒DOHC16バルブ | |
総排気量 | 248 | |
ボア×ストローク(mm) | 49.0×33.0 | |
圧縮比 | 12.5:1 | |
最高出力(kW[PS]/rpm) | 33.0[45]/14,500 | |
最大トルク(N・m[kg・m]/rpm) | 25.5[2.6]/10,500 | |
トランスミッション | 6速リターン | |
タイヤサイズ | 前 | 110/70-17 |
後 | 140/70-17 |
まとめ
1990年前後のバブル時期、現在のスマホに変わる大きな携帯電話や、レンタル店のDVD/ブルーレイに変わるビデオテープなどさまざまなものが大きかったため、大容量トランクスペースのアクロスは時代に合ったバイクでした。
バブル期の若い男子と言えば、シルビアやプレリュード、背伸びしてソアラのようなデートカーで女の子を迎えに行くのがステータスでしたが、アクロスでタンデム用のヘルメットを常に携帯できるアクロスだって立派なデートバイクだったのではないでしょうか。
しかし、バイク市場のレーサーレプリカブームやZZR250の出現によってなのか、なぜかマイナー車として扱われ、モデルチェンジされることなく一世代で生産終了になりました。
それでもメットインタンクは、ホンダ・NS-1やアプリリア・マーナー850GT、最近ではホンダ・NC750シリーズなどに採用され、中でもNS-1は原付スポーツで大ヒットしたモデルです。
メットインタンクのスポーツバイクの需要を先んじたアクロスは、マイナー車というレッテルを張られながらも、後のスポーツバイクに影響を与えた名車だったのではないでしょうか。
Motorzではメールマガジンを配信しています。
編集部の裏話が聞けたり、最新の自動車パーツ情報が入手できるかも!?
配信を希望する方は、Motorz記事「メールマガジン「MotorzNews」はじめました。」をお読みください!