フェリペ・マッサが2016年限りでのF1引退を表明しました。2002年のデビューから14年間、情熱的な人柄と常に全力でレースに臨む姿勢は、多くのファンに親しまれてきました。改めて、どんな活躍をしてきたのか?今回はマッサの名シーン、名バトルを振り返っていきます。

出典:http://www.williamsf1.com/
14年間のF1キャリアに終止符を打った、フェリペ・マッサ

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レース戦績(2016年ベルギーGP終了時)
デビュー:2002年
出走:242戦(歴代9位)
優勝:11回(歴代27位)
ポールポジション:16回(歴代18位)
ファステストラップ:15回(歴代21位)
表彰台:41回(歴代21位)
入賞:147回(歴代5位)
獲得ポイント:1110(歴代8位)
サンパウロ出身のブラジル人ドライバーとして活躍してきたマッサ。
走りでも発言においても気持ちを前面に出し、感情豊かな性格で多くの人から親しまれてきました。
そんな彼のデビューは2002年。20歳にしてザウバーのドライバーに抜擢されると、2戦目にして早くも入賞を飾りました。
しかし、当時は安定感に課題を残し、翌年はレギュラードライバーから退きフェラーリのリザーブドライバーを務めることに。
2004年より再びザウバーでF1復帰を果たすと、翌年にはF1王者を経験したジャック・ヴィルヌーブをチームメイトに迎え、互角以上の走りを披露。
すると2006年に転機が訪れ、同郷の先輩ルーベンス・バリチェロの離脱に伴い、名門フェラーリへ移籍を果たします。
ここからトップドライバーへの階段を一気に駆け上がり、数々の栄光を掴んで見せたのです。
では早速ですが、彼の印象的な戦いを振り返ってみましょう。
名門で開花した才能と初の母国優勝、2006年ブラジルGP

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2006年にフェラーリドライバーに抜擢されたマッサ。7度のF1王者であるミハエル・シューマッハのチームメイトという大役を任せられると、速さに磨きをかけ飛躍の1年を送りました。
序盤はミスも見られ、成績に繋げることが出来ませんでしたが、徐々にマシンに慣れ始めるとシューマッハに匹敵する速さを見せることもありました。
そして第13戦トルコGPで待望の初優勝をポールトゥウィンで飾り注目を集め、この年の最終戦である母国ブラジルGPを迎えます。
フェラーリ移籍後初の凱旋レースに加え、同僚のシューマッハの引退レースで重圧がかかるなか、マッサは堂々の走りを見せポールポジションを獲得。
さらにレースでも圧倒的な強さで首位を独走。フェラーリ移籍後初の母国GPでアイルトン・セナ以来13年振りとなる母国優勝を達成。
F1を去るシューマッハから祝福を受けたマッサは、セナ以来となるブラジル人王者への期待がさらに高まる一戦となりました。
王座まであと一歩、敗者の美学を見せた2008年ブラジルGP

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マッサを語るうえで外すことのできないのが2008年ブラジルGP。
2007年は新たに迎えた同僚キミ・ライコネンに主役を譲りましたが、この年は自らが王座争いに躍り出たのです。
最終戦までもつれた王座争いは母国ブラジルで決着の時を迎え、ルイス・ハミルトンとの一騎打ちでタイトル争いに臨みました。
ポイント差で劣勢ながらもこの大一番でポールポジションを獲得。
マッサは優勝を飾っても、ハミルトンが6位以下でないと逆転王座に届かないという厳しい条件。
レースでは天候が目まぐるしく変わる難しい状況のなか首位を快走。すると初のF1王者への好機が訪れるのです。
チェッカーまで残りわずか、ハミルトンは天候に翻弄され6位へ転落。突如マッサが逆転王座への条件を満たしたのです。
そしてマッサは見事に優勝を飾り最終結果を待ち、母国のファンはマッサの戴冠を確信しサーキットは大歓声に包まれました。
しかし最終ラップでハミルトンが5位に浮上。一転してわずか1ポイント差で王座を逃すことに。
劇的な幕切れに会場は騒然。あと僅かの差で及ばなかった悔しさもあり、マッサは涙を拭いながらマシンから降りてきたのです。
まるで悲劇ともいえる結末でしたが、マッサは表彰台の中央で涙を浮かべながら応援してくれた母国のファンに感謝を述べました。
そして再び王座へ挑戦すると力強く語り、この気丈な姿に多くのファンが心を打たれました。
上位争いからの後退と不運な事故、2009年ハンガリーGP

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前年の活躍もあり開幕前からチャンピオン候補に挙げられたマッサ。
しかし、この年のフェラーリはマシン開発で大きく出遅れ、優勝争いに加われない日々を過ごすことになってしまったのです。
それでも非力なマシンに手を焼きながら奮闘を続けるマッサに、追い打ちをかけるような不運が彼を襲うのでした。
第10戦ハンガリーGPの予選。バリチェロのマシンから脱落した鉄製のスプリングが、マッサのヘルメットを直撃。
脳震盪を起こしたマッサは意識を失い、制御不能のマシンは壁に激突してしまいました。
ぶつかったのはこぶし台のパーツだったのですが、推定時速260kmで衝突したため凄まじい衝撃に襲われたのです。
すぐさま救急車で近くの病院に搬送され一命を取り留めましたが、医師の診断は脳震盪に加え、頭蓋骨損傷、さらに額の裂傷を起こす重症でした。ドライバー生命を左右する事故と懸念されました。
しかしマッサは意識を取り戻すと、その翌日に行われたレースの結果を聞き「僕のレースになったはずなのに!」と語り、すぐさま復帰への意欲を見せたのです。
その意欲もあってか順調な回復を見せ、大事故を乗り超え2010年に見事復帰を果たしました。
エースに傾く体制と苦楽を分かち合う理解者、2010年ドイツGP

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約半年のブランクを経て復帰を果たしたマッサ。その初戦となるバーレーンGPでは早くも2位表彰台を獲得し、速さが衰えていないことを証明しました。
その後の活躍に期待がかかりましたが、フェルナンド・アロンソの加入に伴いチームは彼主導の体制に一変。マッサは以前のような速さは次第に見られなくなってしまいました。
そんな劣勢の環境ながら、ドイツGPで復帰後初となる優勝のチャンスが巡ってくるのです。
予選で3番手につけたマッサはスタートでトップに立つと、2番手に同僚を従えながら2年ぶりとなる優勝へ向け力走を続けます。
レースも終盤に差し掛かり優勝が現実味を帯び始めた頃、なんと担当エンジニアであるロブ・スメドレーから思いもしない指示が下るのです。
「フェルナンドは君より速い、この意味が分かるか?」
それは”チームオーダー”を意味するものでした。当時はチーム内で意図した順位の入れ替えは禁じられており、その無線が中継でも放送され物議を醸したのです。
心苦しそうに話すスメドレーの心中を察したか、マッサは指示に従い2番手へ後退。
見事にフェラーリは1-2フィニッシュを達成したのですが、チームオーダーは禁止されておりペナルティとして罰金が科されてしまいました。
久しぶりに巡ってきた優勝のチャンスを逃したマッサは、それ以降極度の不振に陥り2009年の事故以前のような活躍は見せられませんでした。
そして、2013年をもってフェラーリから放出が決定しますが、自身の力を信じるマッサは現役続行を表明し、再び再起を図ることを決意したのです。
息子の願いと6年振りのポールポジション、2014年オーストリアGP

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マッサに声をかけたのはしばらく低迷が続いていた名門ウィリアムズでした。
長年一緒に戦ってきたスメドレーを連れ、2014年よりウィリアムズへの移籍を決断。
この年ウィリアムズは高い戦闘力を持ったマシンを用意すると、マッサは本来の速さを取り戻し始めたのです。
低迷する古巣フェラーリを尻目に上位を争い、オーストリアGPで衝撃のパフォーマンスを見せたのです。
直線区間に強いマシン性能を見事に引き出したマッサは、予選で2008年ブラジルGP以来となる約6年振りのポールポジションを奪ってみせたのです。
一時は引退を促される報道もありましたが、周囲を驚かせ速さが錆び付いていないことを証明したのです。
また息子のフェリペーニョ君からのプレゼントも、彼の活躍に一役買っていました。
息子からお守りを渡されたマッサはそれをヘルメット内に忍ばせ、息子の期待に応えたのです。
この年は母国ブラジルを含む計3度の表彰台を獲得し、現役続行に批判的だった意見を覆して見せました。
情熱的な人柄と走りでF1を戦い抜いたマッサ

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14年間のF1キャリアに別れを告げるマッサ。
王者に届かないながらも、情熱的な人柄で、今でも多くの人に愛されています。
フェラーリでのラストレースでは放出という形にも関わらずメカニックから盛大な拍手を浴びただけでなく、自らが開くカート大会には多くの有名ドライバーが地元ブラジルまで駆けつけるなど。逸話だけで彼の人柄がうかがえます。
また走りにおいても情熱的な一面を見せ、時にヒートアップによりミスを招くこともありましたが、2008年のブラジルGPで見せた力強いレースと周囲を思いやる心は彼の最大の魅力。
時に歯に衣着せぬ発言で物議を醸すこともありますが、それもレースに対する情熱ゆえのご愛嬌。
また彼のチームメイトは時代を代表するドライバーばかりで、絶え間ない苦労があったでしょうが、だからこそ彼の奮闘は多くのファンを魅了してきました。
少し泥臭く熱い心を持ったドライバーの引退は、偉大な王者の引退よりも寂しさを感じさせるのかもしれませんね。
まとめ
みなさんそれぞれ印象に残った彼の走りがあるかと思いますが、いかがでしたでしょうか。
2008年から遠ざかっている優勝も見たいですが、もう一度表彰台に立つ姿を見せて欲しいですね!
最後に走る母国ブラジルGPでは、彼の奮起に期待です。
14年に渡ってF1で活躍してきたマッサの戦いもあと8戦。
特に10月に開催される鈴鹿サーキットでの日本GPでは、彼のF1での勇姿を日本で見られる最後のチャンスとなります。現地に行かれる方は、ぜひ目に焼き付けてきてください。
その情熱的な走り…最後の最後まで見逃すことはできませんよ!
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