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“速いことが全て”ではない。Z32フェアレディZから見るスポーツカーの在り方

「スポーツカー」とは何か?強力なエンジンを搭載して速ければ、それがスポーツカーなのか?レースで勝てばそれがスポーツカーなのか?そうした単純な速さや勝ち負けだけではとても語りきれないダンディズム、ある種のスポーツカーにはその方がよほど大事だと言えます。日本車ではさしずめ、日産 Z32 フェアレディZなどがその典型では無かったでしょうか?

Photo by Grant C

 

若さあふれるZ(ズィー)カーから、高級スポーツカーへ

Photo by Kalvin Chan

1985年、プラザ合意。

1970年代末期のドル高による世界経済の混乱を恐れる先進国は揃ってドル安政策に転換し、日本でもこの時から円高ドル安が猛烈な勢いで進行していきます。

そうなると難しい立場にさらされたのが日本の自動車業界で、これまで主要市場の北米で円安ドル高のため「品質のいい車を安く」とシェアを拡大していたやり方は通用しなくなります。

まさに「安くて高性能」を初代S30型から売りにしていたフェアレディZもそうした時代の流れに無縁ではなく、1983年にデビューしていた3代目Z31は、1986年のマイナーチェンジで大幅な方向修正を行い、ラグジュアリー路線に転じることとなりました。

代わって従来の(安くて高性能な)Zカーのポジションは200SX(日本名シルビア)、240SX(同180SX)やその後継車が受け継いで行きます。

そしてZ31後期の後継車は、高級ラグジュアリー路線のスポーツカーとしてふさわしい車格・サイズ・デザインをもつものとして開発されました。

それが日産 Z32 フェアレディZです。

 

生まれた時から「安くて高性能」を売りにしなかった、初のZ

Photo by Kid Clutch

前述のような時代背景もあり、Z32はS30から、あるいはその源流と言えるダットサン・スポーツからZ31前期までの「安価に楽しめる日本製スポーツカー」という流れからは全く異なり、名前は同じでも新時代のスポーツカーとして開発されます。

日本で言えば3ナンバーサイズに拡大されたボディと、それにより自由度の高まったボリュームあるグラマラスなデザイン。

日本名「フェアレディZ」から連想されるおしとやかな淑女というよりも、肉付きの良い闊達な女性を連想させる、新時代の美女への変身でもあったわけです。

Photo by Jono Kuspira

しっかり自己主張する彼女の心臓には、可能な限り低く下げられたボンネット下のミニマムな空間に、当時の日産主力V6エンジン「VG」の3リッターDOHC版VG30DE、あるいはツインターボ化したVG30DETTが埋め込まれました。

ワイドボディにZ31以上に低く下げられたルーフも相まった典型的なロー&ワイドスタイルにより、止まっていれば躍動感を、走っていれば迫力と安定感を実現しています。

 

アメリカなど海外で大活躍したレーシング・モディファイ版Z32

©︎NISSAN

VG30DETTにより日本初の300馬力カー、実際には日本自動車工業会による自主規制で280馬力カーとしてデビューしたZ32ですが、そのモータースポーツ活動は日本より海外がメインとなります。

デビュー早々の1990年から「ダットサン ターボZX」の名でIMSAに参戦し、ノーマルよりさらに広くなったワイドボディ、そして後にR390やランボルギーニ ディアブロにも採用される独特のヘッドライトデザインによる迫力を見せつけます。

©︎NISSAN

もっとも、このレーシングモディファイされたZ32は鋼管スペースフレームにグラスファイバー製ボディを被せたシルエットフォーミュラで、市販車とは中身がだいぶ異なります。

しかし、Z32のデザインはむしろそうしたモディファイに被せられるカウルとして非常に似合っており、全く違和感がありません。

 

ロングホイールベース化で開眼、世界3大耐久レースへ

©︎NISSAN

最初は2シーター用ショートホイールベースで、ヒルクライムやオフロードレースでさんざん暴れ馬を乗りこなした名手、スティーブ・ミレンをして「乗りにくい」と嘆かせます。

しかし、2by2用のロングホイールベースを採用したことで優れた空力特性と高速安定性を併せ持つIMSA最強マシンに変貌していき、1992年と1995年にはドライバーズ、マニュファクチャラーズのダブルタイトルを獲りました。

©︎NISSAN

活躍のクライマックスは1994年で、前述のようにIMSAタイトルのほか、「世界3大耐久レース」と言われたセブリング12時間耐久とデイトナ24時間耐久レースで優勝。

©︎NISSAN

特にセブリング12時間では、この1994年のZ32(日産300ZX)の優勝が、2017年現在に至るまで日本車による最後の優勝となっています。

 

余勢を駆ったル・マンで旧グループCカーに次ぐ総合5位!

©︎NISSAN

その勢いのまま参戦した1994年のル・マンではIMSA GTSクラスに参戦、わずか2台のZ32と1台のRX-7(マツダスピードのFC3S)しかいないクラスでしたが、Z32の1台はクラス優勝はもちろん、総合5位でフィニッシュします。

©︎NISSAN

5位とはいえその上にいたのはGT1クラスで事実上のグループCカーと言えるダウアー 962LM(ポルシェ 962Cの公道版)と、LMP1クラスでグループCカーを走らせていたトヨタ 94C-Vが各2台。

©︎NISSAN

それらに次ぐ堂々の5位入賞により、IMSA仕様Z32の速さを見事に見せつけました。

 

日本のレースでのZ32

©︎NISSAN

一方、日本でもIMSA仕様のZ32が1994年から本格開催されたばかりのJGTC(全日本GT選手権、現在のスーパーGT)にその当初からGT1(後のGT500)クラス参戦、同年第2戦仙台ハイランドで2位表彰台を獲得します。

©︎NISSAN

その後も1997年まで断続的に参戦して目立った成績は残さなかったものの、IMSA仕様では1995年から搭載されたインフィニティ用4リッターV8エンジンを先行して搭載。

V8エンジンを搭載したアメリカンレーサーならではの独特のサウンドはよく目立ち、ファンを楽しませました。

 

その後のZ32~Zへの想いは永遠に~

Photo by MIKI Yoshihito

レースでの活躍が目覚ましい一方、市販型のZ32は日本でも発売当初こそ人気が出たものの、BNR32スカイラインGT-Rが登場しレースで連戦連勝すると、日産を代表するスポーツカーとしての座を完全に奪われた形となります。

もともとBNR32が搭載していたRB26DETT、そのベースとなったRB系直6エンジンは新しい日産を支えるはずだった新世代V6エンジン、VG熟成までの「つなぎ」のはずでした。

しかし現実にはRB系が主力となってしまい、直6からV6への世代交代は次代のVQエンジンへと持ち越し。

ボリュームアップしたとはいえ、エンジンルームがVG30DETTで限界ギチギチだったZ32にVQは搭載できず、Z32はそのまま長いモデルライフを過ごすようになります。

皮肉にも、90年代中盤以降の日産は大半の車種でモデルチェンジや新型車の開発で商業的に失敗、深刻な経営危機に見舞われましたが、その中でモデルチェンジしなかったZ32は皮肉にも「短かった日産黄金時代の名残り」を留める存在になりました。

いつしか北米での販売も打ち切られ、そのままZ32を最後にひっそりと消えていくかと思われたフェアレディZでしたが…

1996年 北米日産が初代S30のパーツを集めたレストアモデル「ビンテージZ」を販売。

1999年 北米国際オートショーにて、全米Zオーナーズクラブからのバックアップを受けた日産デザインアメリカが、240Zコンセプト(240SXがベース)を出展。

同年 日産の経営危機を救うべく資本提携を行ったルノーから、カルロス・ゴーンがCEO(最高経営責任者)として就任、若き日にストレス解消で乗っていた愛車はフェアレディZだったことで知られる。

2002年 ゴーンにより開発続行が命じられたZ33 フェアレディZ発売。

Photo by Martin Lee

それら次世代への動きを確かめたように、Z32は2000年12月、静かに日産車種ラインナップから消えていきました。

 

まとめ

スポーツカーとは何でしょうか?

単純な速さや勝ち負けだけでなく、その美しさや走りの楽しさも語り継がれる文化、それもまたスポーツカーでは無いでしょうか?

美しい姿から現在の高級ラグジュアリースポーツとしての道を開き、アメリカなど海外の活躍で世界中のファンを「やっぱりZはこうでなきゃ!」と奮い立たせたZ32こそは、日本が生み出した誇るべきスポーツカー文化、それを語り継ぐための大事な架け橋だったと言えるでしょう。

今でもふとした拍子にZ32の姿が目に入ると、そのグラマラス美人ぶりに目を奪われます。

美人薄命などと申しますが、美しいものは何年たっても美しく、Z32は約11年もの長きに渡って作られました。

 

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Writer Introduction
兵藤 忠彦

ダイハツ党で、かつてはジムカーナドライバーとしてダイハツチャレンジカップを中心に、全日本ジムカーナにもスポット参戦で出場。
現在はサザンサーキット(宮城県柴田郡村田町)を拠点に、主にオーガナイザー(主催者)側の立場からモータースポーツに関わっています。

http://dctm.info/

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