日産自動車が販売する高級スポーツカー「NISSAN GT-R」。その心臓部となるV型6気筒ツインターボエンジンの部品を1μ単位で調整し、手で組み立てる熟練の技能者である「匠(たくみ)」。その候補生に選ばれ、女性初の「匠」を目指す若手技術者”大竹由希子さん”。彼女は何故、匠を目指したのでしょうか?そんな大竹さんの素顔に迫りたいと思います。

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NISSAN GT-Rのエンジンを手組する「匠」っていったい何者?

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どこまでも気持ちよく走り続けられる「洗練されたグランドツーリング性能」と、レーシングテクノロジーが生み出す「圧倒的な速さ」を常に追い求め続ける日産の高級スポーツカー「NISSAN GT-R」。

その心臓部となり、570馬力の出力を誇るV型6気筒ツインターボエンジンは、実は日産の技術者の手によって組み立てられています。

しかも、この手作業によるエンジンの組み立てができるのは、優秀な日産のエンジニアの中でも限られたエンジニアのみ。それが、現在5人しか存在しない、選抜された熟練技能工「匠」なのです。

一般的に車のエンジンは生産ラインの工程別に担当者が配置され、流れ作業で組み立てていきますが、NISSAN GT-Rのエンジンはクリーンルームで1人の匠が全工程を担い、約9時間かけて1基を仕上げるのです。

 

大竹由希子さんが「匠」を目指した経緯

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日産のエンジニアの中でも選ばれた熟練技術者である「匠」の候補生に大抜擢された大竹さん。

車は完成品を見るのが好きな程度だったと言う彼女は、工業高校卒業後、担任の先生の勧めで日産のエンジニアになる事を決意します。

そして2008年に入社後、インフィニティに搭載されるV8エンジンの最終ファイアリングテストを6年間担当。

その後、GPPと呼ばれるエンジンの試作組み立てを経験後、真面目な仕事ぶりが認められ、上司の推薦により最年少(26歳)で匠候補に大抜擢を受けるのです。

今回、匠候補に選ばれたのは合計5名。そのうち女性は2名という厳選に厳選を重ねた抜擢でした。

そこで大竹さんが選ばれた理由、それは彼女の技術力の高さと、仕事に対する真剣な姿勢からでした。

 

匠候補生、大竹由希子さんインタビュー

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ーー今日はよろしくお願いします。早速ですが、この仕事を始めたきっかけは?

 

大竹さん:高校で担任の先生に勧められたのがきっかけで、高校卒業後の2008年に入社しました。最初はV8のインフィニティのラインでファイアリングテストを6年くらいやって、GPPと呼ばれるエンジンの試作組み立てを1年弱経験しました。

その時の上司の方に(NISSAN GT-Rのエンジンを)組み立てて見ないかと言われて、そんなチャンスはないなと思って決意しました。

(2016年)2月から、こちらでお世話になっています。クルマには興味がなかったわけではなく、どちらかというと完成したボディとかを見るのが好きでしたね。

 

ーー匠の作業内容を教えてください。

 

大竹さん:1日の流れで言うと、始業が朝8時からなので、5時に起きて6時前には家を出ます。

7時20分くらいに会社に来て休憩所で準備をして作業場に向かいます。定時は8時〜17時ですね。1日あたり17基くらい作るので、結構忙しいですね。

主な作業内容としては、エンジンブロックから投入して、その次にメタル。クランクを載せて、ピストンを入れてヘッドを組み付け。最後にバルブクリアランス調整(※)ですね。訓練生の期間は、この全5工程を1ヶ月交代で担当していくことになります。

各工程のなかでも、私が一番苦戦したのがバルブクリアランスでした。力を入れてやってもいけないし、緩すぎてもダメ。この絶妙な力加減に特に苦戦しました。この作業がエンジン組み立ての中でも一番肝なので…最初は大変でした。

 

大竹さん自らバルブクリアランス調整を実演してくれました。©Motorz

 

※バルブクリアランス調整とは

バルブクリアランスというのは、バルブリフターとカムの間の隙間の事で、エンジンを組む際にはこの隙間を適正な状態に調整する必要があります。

隙間がつまっていると、バルブが常に押された状態となってしまい、圧縮比が上がらず、エンジンのトルクや出力が落ちてしまうことに。

同様に、開きすぎていてもバルブが開ききらないため、吸排気ポートの大きさが狭くなり性能ダウンにつながります。

R35 GT-Rのエンジンでは、ベストな隙間に設定するための「この感覚だと、あと何ミクロン。」というμ単位の調整を、匠自身の感覚を頼りに行われているのです。

 

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ーー仕事をしていて、大変だなと思った事はありましたか?

 

大竹さん:ありましたね。周りの先輩方はベテランなので、作業スピードも全然違って追いついていけなくて、心が折れそうになりました。

自分の工程が終わらなくて(後ろの工程が詰まってしまって)煽られることもあって、どうしよう…と思ったこともありましたね。

でも学生時代は部活(陸上部)をやっていたので、負けたくないという気持ちが強いから、そこでは弱音を吐かずにしようと決めてやり続けました。

実際の作業風景。カムシャフトを組み付けています。©Motorz

とりあえず、クリーンルームでの作業はひと通りできるようになったので、この後は作業スピードを速くして先輩に負けないようにしたいですね。

先輩たちのすごいなと思うところが、自分の工程が終わって、他の人が負担がかかっているところにフォローしているんですよ。

そうやってフォローできるのは、すごいなと思いますし、いつか自分もそうなりたいなと思っています。

 

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ーー逆に嬉しかった事はありましたか?

 

大竹さん:前の工程の人が終わる前に、自分の工程が終わった時ですね。

「次の工程に先に行けた!」みたいな。2月から入っているので、ちょっとしたことでも嬉しいんです。

逆に、先に終わられると悔しいです(笑)

あとは、新しい工程を習熟させてもらう時は嬉しいですね。色々覚えられるようになっていきたいです。

 

上司の宮崎さんから見た、「匠」候補生大竹さん

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ーー宮崎さんから見て、女性の候補生の方は根性がありますか?

 

宮崎さん:ある子はあるし…色々ですね。

大竹さんのように、工業系の学校から来て、部活もバリバリやっていた子はとても根性がありますよね。

何より大竹さんは姐御肌なので、しっかりしていて、何か強いものを持っている感じがするんです。

だからこそ、この部署にいるんでしょうね。

よく話しているんですが、大竹さんは仕事をするために私生活で迷惑をかけちゃいけないという意識が非常に強いんですよ。

御両親がそう言ってるんですよね?

 

大竹さん:小さいころから両親には他人に迷惑をかけないようにと教えられてきました。

風邪引いたりとかもそうですし、スキーとかスノボにいくのも禁止されていて、骨折したら会社に迷惑がかかるので。

社会人として、(両親の教えは)確かになぁと思いました。

 

宮崎さん:素晴らしい御両親ですよね。

だからこそ彼女がこれだけしっかりしているわけで。

ちなみに、この工場では市販のGT-R用エンジンだけじゃなく、ニスモのレース用エンジンの製作も行っているんですよ。

スーパーGTであったり、ルノーのRS01であったり。

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私の夢なんですけど、外国人レーサーに嫁に行ってもらって、嫁の作ったエンジンで、夫婦でレースを戦ってもらいたいんですよね(笑)

そうしたら、めちゃめちゃカッコ良いじゃないですか。

 

将来は「一人前の“匠”になること」

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ーー将来はどうなりたいですか?

 

大竹さん:普段から見学に来られる方もいらっしゃるんですけど、人数も多くて注目されているんだなぁと感じます。

また私が入社した時にも、ここのラインって横浜工場の中でも目立っていたので、凄いなぁと思って、私は絶対には入れないんだろうなぁと思っていました。

でも今実際に(このラインで)働かせてもらっているので、その辺では周りからどう見られているかとか、しっかりしなきゃなという部分もありますし、誇りに思っています。

クリーンルームの中での作業も全工程できるようになったので、考えなくても体が動くようになりたいですね。

外にあるメインラインやテストも、全部イチから自分で出来る様になって、もし新しく入ってきた人がいたら、自分で教えられるようになりたいです。

そして、あわよくば…匠になって自分をアピールできたらいいなと思います。まだ候補生と言っても1年経っていないので、自分に見合った感じになってから、目立っていけたらいいなと思います。

 

まとめ

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休日は家に居る事が少なく、愛車のノートNISMOに乗って出かけたり、後輩と飲みに行くことが多いという、ごくごく普通の女の子である大竹さん。

しかし、いざ仕事となるとその姿勢は真剣そのもので、強欲なまでに知識を求め、空いた時間には先輩に質問攻めだそうです。

そんな彼女が仕事をする上で気を付けていることは「睡眠時間」

「やっぱり寝不足だと、細かい作業を忘れちゃいそうなので、なるべく寝るようにしています。」と、優しい笑顔で語ってくれました。

この当たり前とも思える生活の基本、そして仕事の基本など、あらゆる基本を大切にする事こそが、彼女の真面目な人柄を象徴しており、「匠」候補生に抜擢された理由ではないでしょうか。

現在彼女が目指している、自分のネームプレートを貼れるようになる事。

その為には10〜15年の鍛錬が必要だそう。そんな、彼女の始まったばかりの挑戦にこれからも注目していきたいと思います。

 

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