アメリカ合衆国カリフォルニア州出身のモーターサイクルロードレースライダーで、19歳の若さでロードレース世界選手権 (WGP)デビュー!その独特なライディングフォームは、誰もが一度は真似しました。各メーカーを渡り歩き、陽気な性格、派手なパフォーマンスで愛され続けた無冠の帝王”ランディ・マモラ”を知っていますか?
CONTENTS
ランディ・マモラ:プロフィール
名前:ランディ・マモラ (Randy Ma1mola)
生年月日:1959年11月10日
出身地:アメリカ合衆国カリフォルニア州サンノゼ
5歳の時にビートルズが初めてアメリカに上陸したのをきっかけに、リンゴ・スター(ドラム)のファンになったランディ・マモラは、8歳からの4年間ドラムのレッスンを受けていました。
しかし、12歳になった頃にバイクと出会い、ドラム以上に心を奪われます。そして、バイクレースに夢中になったランディはドラムをやめ、12歳からの2年間でありとあらゆるレースで勝ち続けるのです。
足も満足に届かないマシンで年長者を相手に連戦連勝。
その後、14歳でヤマハ・インターナショナル・コーポレーション(YIC/アメリカのヤマハ販売会社)と契約し、ダートトラックレースに参戦を始めます。
そして時を同じくして市販レーサーTA125でロードレースにデビュー!
そして1972年、AMAナショナルミニバイクレース チャンピオンなどを経て1979年、ビモータ・ヤマハから世界GP初参戦を果たすのです。
ランディ・マモラ:レース戦歴
1979年に19歳の若さでビモータ・ヤマハから世界GPへの初参戦を果たしたランディ・マモラは、250ccクラスに出場しランキング4位を獲得します。
シーズン途中の第7戦ドイツGPからは、スズキRG500を駆り500ccクラスにも参戦。ランキング8位を獲得します。その後、スズキ、ホンダのファクトリーとしてWGP500ccクラスを転戦。
常にランキングは上位ではあったものの、タイトルを獲得する事はできないままシーズンを終える結果となりました。
そして1986年にはチームロバーツに加入してヤマハに復帰します。
1勝してランキングは3位。1987年には3勝を挙げ、ワイン・ガードナー(ホンダ)に次ぐランキング2位を獲得しました。
しかし翌年、ケニー・ロバーツからヤマハとの契約更新を断られる事となったマモラは行き場を失い、新興チームであったカジバに移籍を余儀なくされます。
ですが、移籍したカジバマシンの戦闘力は著しく劣り、WGP新規参入のピレリタイヤとの相性も悪かった事もあり、残念な結果でシーズンを終える事となってしまいます。
そして1992年、自らのチーム”バドワイザー-ヤマハ”で再びYZR500を駆り、最後のシーズンをランキング10位で終えました。
1979年 ロードレース世界選手権(WGP)250ccクラス (Zago・ヤマハ / TZ250 ) 4位
ロードレース世界選手権(WGP)500ccクラス (Zago・スズキ / RG500) 8位
1980年 ロードレース世界選手権(WGP)500ccクラス (ヘロン・スズキ / RG500) 2位
1981年 ロードレース世界選手権(WGP)500ccクラス (ヘロン・スズキ / RG500) 2位
1982年 ロードレース世界選手権(WGP)500ccクラス (HB・スズキ / RG500) 6位
1983年 ロードレース世界選手権(WGP)500ccクラス (HB・スズキ / RG500) 3位
1984年 ロードレース世界選手権(WGP)500ccクラス (HRC・ホンダ / NS500) 2位
1985年 ロードレース世界選手権(WGP)500ccクラス (ロスマンズ・ホンダ / NSR500) 6位
1986年 ロードレース世界選手権(WGP)500ccクラス (ラッキーストライク・ヤマハ / YZR500) 3位
1987年 ロードレース世界選手権(WGP)500ccクラス (ラッキーストライク・ヤマハ / YZR500) 2位
1988年 ロードレース世界選手権(WGP)500ccクラス (カジバ / GP500) 12位
1989年 ロードレース世界選手権(WGP)500ccクラス (カジバ / GP500) 18位
1990年 ロードレース世界選手権(WGP)500ccクラス (カジバ / GP500) 14位
1992年 ロードレース世界選手権(WGP)500ccクラス (バドワイザー・ヤマハ / YZR500) 10位
ウェットレースが得意な”レイニー・マモラ”の異名を持つ独特のライディングスタイル
ハイサイドからの復活1985 500cc サンマリノGP!
1985 AMA 500cc in Laguna Seca
https://youtu.be/J7_WAeCe8oE
2009年カタルーニャGP タンデムライド エキシビジョン
独特のライディングスタイル!”マモラ乗り”
外側の足をステップから外し、大胆にハングオン(ハングオフ)させる独特のライディングスタイルで有名なランディ・マモラの通称”マモラ乗り”。
これは小柄なマモラがコーナーリング中の前輪への荷重を高めるために体を極端に前輪側、イン側へ預けていった結果、アウト側の足がステップから外れてしまったものだと言われていて、シート幅が広すぎたHONDAのマシンに乗っている時代に見られたライディングでした。
YAMAHAに移籍してからは、オーソドックスなライディングスタイルに戻りましたが、HONDA時代の独特なスタイルと速さから現在でも”マモラ乗り”と呼ばれているのです。
まとめ
現役時代にWGP500ccクラスに参戦していた4メーカー(ホンダ、ヤマハ、スズキ、カジバ)全てのワークスマシンを走らせた経験を持つ数少ないライダーであるランディ・マモラ。
渡り歩いたそれぞれのメーカーで何度もチャンピオン争いに関わり、シリーズランキング2位を4度も獲得しました。
しかし、残念ながらタイトルを獲得する事はできないまま現役を引退する事になってしまします。
そして現在はMotoGP中継での解説やピットレポーターとして活躍し、モータースポーツの発展に貢献し続けているのです。
あわせて読みたい!
WGP5連覇の絶対王者が成し遂げられなかった6連覇とは?伝説のライダー、マイケル・ドゥーハンをご紹介します。
WGPで唯一、同年2クラス制覇経験を持つライダーとは?ファスト・フレディーの愛称で親しまれたライダー、フレディ・スペンサーをご紹介します。
[amazonjs asin=”B00AA7W7B8″ locale=”JP” title=”アライ(ARAI) バイクヘルメット フルフェイス ASTRO-IQ Mamola-2 XL 61-62cmcm”]
Motorzではメールマガジンを始めました!
編集部の裏話が聞けたり、月に一度は抽選でプレゼントがもらえるかも!?
気になった方は、Motorz記事「メールマガジン「MotorzNews」はじめました。」をお読みいただくか、以下のフォームからご登録をお願いします!