本格派Vツインスポーツモデルとして人気を誇った、ホンダ VTR1000Fファイアーストーム。ツーリングからサーキット走行までオールマイティーに楽しめ、カスタムベースとしても支持されたモデルです。そんなVTR1000Fファイアーストームをご紹介します。

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絶対的なパワーじゃない!低速域・低回転で楽しめるVツインスポーツ

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現状、スーパースポーツバイクに絶対的な速さを求めるなら、4気筒しか選択肢はないでしょう。

1990年代はコンパクトな車体にパワー絶対主義のもとで設計されたエンジンを搭載し、最高速は時速300キロにまで到達していました。

もちろん、これほどのパワーを日本の公道で全開にしきれるわけもなく、あり余るパワーをユーザーに、どう楽しませるかがメーカーとしての課題でもあります。

そのために低速域・低回転域で楽しめるバイクとは何か、そんな疑問に答えるために開発されたのがホンダ VTR1000Fでした。

ホンダ・VTR1000Fとは

© Honda Motor Co., Ltd.

VTR1000Fは1997年にホンダから発売されたスポーツバイクで、サブネームとして『ファイアーストーム(Firestorm)』また、北米向けは『スーパーホーク(SUPERHAWK)』と名付けられています。

日本では発売後2003年まで販売された一方で、輸入専用モデルは2007年まで生産され、海外で大きな支持を得たモデルです。

1996年9月からの免許制度の改正により、それまで大型二輪車免許の取得は一発試験のみだったものが、指定教習所における大型二輪教習がスタート。

国内における大型二輪の需要向上が予想され、それに伴いホンダも大型バイクの国内ラインナップの充実を図ったのです。

そしてCBRやVFRの並列4気筒、V型4気筒では味わえない楽しさや、低速・低回転域での操る楽しさを見据えたモデルの開発をスタートさせます。

そこでVツインエンジンに着目。開発キーワードを『心震わすスーパーVツイン』とし、最高速、最高出力、限界性能だけを追求するのではなく、Vツイン特有の加速感、挙動や鼓動、音を堪能できるバイクを目標に開発されました。

新生Vツインスポーツを作り上げた斬新なアイディアたち

© Honda Motor Co., Ltd.

VTR1000Fのデザインで印象的なのは、ハーフカウルのデザインと左右から飛び出る大きなサイレンサー。さらには外装をハーフカウルに留めたことでサイレンサーやエキゾーストパイプが強調されたデザインは、よりVツインスポーツを強調しています。

それまでのホンダはGL400/500やブロス650などのネイキッドスポーツを世に送り出してきましたが、本格派Vツインスポーツに着手したのはVTR1000Fが初でした。

ホンダといえば、CBシリーズに代表されるインライン4の強烈なイメージがありますが、VTR1000Fで新たな挑戦を試みたのです。

VTR1000Fに搭載されたエンジンは90°バンクのV型だったため、並列4気筒よりエンジンの前後長が長くなってしまう点については、ラジエターをエンジン前方ではなく、フレームに沿ってエンジンサイドに搭載。

スイングアームをフレームではなくクランクケースに直付けするハイブリッドスウィングアームを採用したことで、ホイールベースをCBR900RRより25mmだけ延長した1,430mmに留める事に成功します。

このように斬新なアイディアを詰め込み、これまでになかったVツインスポーツを生み出したのです。

全日本優勝も果たした実力

(C) Moriwaki Engineering Co., Ltd.

VTR1000SP-1はVTR1000Fをベースに改良したレース専用モデルです。

SBKや全日本のスーパーバイククラスはのマシンはレギュレーションで4気筒750cc、2気筒1,000ccと定められており、そのレギュレーションに合わせて750ccV型4気筒エンジンを搭載したRC45の後継モデル。

VTR1000SP-1は、ツインスパーフレーム、水冷Vツインエンジン、サイドラジエーターなど基本的なコンポーネントは同等でしたが、エンジンはハイパワー化され、フレーム、サスペンション、ブレーキに至るまでが改良された上に、フルカウルに換装されています。

スーパーバイクのホモロゲーションモデルでもあるため、ホンダのレース部門であるHRCにより開発がすすめられ、SBKや鈴鹿8耐で優勝を果たすなど、歴史に名を残してきました。

では、ベースとなるVTR1000Fについてはレースへの出場が、ほとんどなかったのかというとそんな事はなく、二輪開発の拠点である朝霞研究所ではVTR1000Fレーサーが密かに開発されていたそうです。

しかし、ホンダワークスからVTR1000Fレーサーが表舞台に出ることはなく、マシンはモリワキへ渡り、モリワキはVTR1000Fで全日本や鈴鹿8耐へ参戦。

1999年からは、スーパーバイククラスからXフォーミュラークラスへ戦いの場を移し、参戦マシンはMTM-1と名付けられました。

これもVTR1000Fをベースにしたマシンではあったものの、エンジンのみがVTR1000F、その他はモリワキ独自開発のクローム・モリブデン鋼管が採用されており、かなりインパクトの強いマシンとなっています。

そして2000年の全日本選手権第6戦SUGO、第8戦つくばでは、Xフォーミュラークラスでの優勝を果たし、鈴鹿8時間耐久レースではクラス7位・総合17位に入る大健闘を見せました。

MD211VF / 出典:https://www.motogp.com/ja/news/2003/04/10/moriwaki-dream-becomes-reality/134634

また、2003年からMotoGPへ投入したモリワキオリジナルGPマシン『MD211VF』は、MTM-1で培った技術をフルに活かし製作されたモデル。

VTR1000Fでの経験がなければ、これほどモータースポーツで活躍することはできなかったでしょう。

スペック

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ファイヤーストーム
型式 ホンダ・BC-SC36
全長×全幅×全高(mm) 2,050×720×1,155
軸距(mm) 1,430
シート高(mm) 810
乗車定員(名) 2
車両乾燥重量(kg) 193
エンジン型式 SC36E
エンジン種類 水冷V型2気筒DOHC
総排気量(cc) 995
内径×行程(mm) 98.0×66.0
最高出力(kW[PS]/rpm) 68[93]/8,500
最大トルク(N・m[kgf・m]/rpm) 85[8.6]/7,000
トランスミッション 6速
タンク容量(L) 18
タイヤサイズ 120/70ZR17(58W)
180/55ZR17(73W)

まとめ

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1990年代も終わりごろを迎えると、世界最速を謳うスズキ ハヤブサが登場したことで、最高速競争に一つの区切りが付けられました。

リッター4気筒クラスはハイパワー化と400cc並みの小型化が進み、サーキットや峠での絶対的な速さを味わえるスーパースポーツクラスか、高速クルーズを楽しむメガスポーツクラスかの、二者択一のラインナップになったように感じられます。

そんななかで、Vツイン特有の鼓動感とスリムなボディに低回転からのトルクフルな加速感を楽しめるVTR1000Fは、国産スポーツバイクに新たなニューウェイブを吹かせた革新的なバイクだったと言えるのではないでしょうか。