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第2回日本グランプリで圧勝したことも!4ドアセダン設定は三菱初のコルト1000シリーズ

三菱 コルトといえば、2013年まで販売していた5ドアハッチバック車を思い浮かべる人も多いかもしれませんが、元々は三菱が小型大衆車につけていた名前でした。それも2系統のコルトが存在する上に、そのうち1系統はボディサイズも排気量も拡大したバージョンがあるなど少々ややこしい話になるのですが、1960年代の三菱自動車とはそんなメーカーだったのです。今回はその中でも、コルト1000シリーズおよび、その拡大版コルト1500シリーズについてご紹介します。

 

三菱 コルト1000  / © 1998-2018 TOYOTA MOTOR CORPORATION.

 

 

三菱期待の本格大衆車、コルト1000 / 1100

 

三菱 コルト1000  / 出典:https://www.mitsubishi-motors.com/jp/innovation/history/year/1960/60_5.html

 

1963年、初代マツダ ファミリアやダイハツ コンパーノといった800~1,000ccクラスの大衆車と同年に発売されたのが、三菱 コルト1000です。

それはフロントからリアまで気持ちよく一本筋の通った直線基調の引き締まった2 / 4ドアセダン(3 / 5ドアライトバンもあり)でしたが、それまで販売していた三菱 500 / コルト600とはまた別系統。

そちらの後継車は同じ三菱でも、岡山の水島製作所が開発(1965年発売)していた800~1,000ccクラス大衆車、コルト800であり、コルト1000はボディサイズ的にも、初代ブルーバードや2代目コロナと同じ1,000~1,500ccクラスの大衆車でした。

動力性能面でも、当時の1,000ccエンジンとしてはコロナ(P型45馬力)、ブルーバード(E1型43馬力)を上回る51馬力を発揮するなど優秀だったのですが、問題はこのクラスで『BC戦争』と呼ばれるブルーバードとコロナの猛烈な販売合戦が始まっていたことです。

両車ともモデルチェンジやマイナーチェンジで1,200~1,600ccクラスに移行し、1,000ccエンジンを廃止してクラスアップした一方で、同時期にファミリアやコンパーノ、パブリカといった安価な700~1,000ccクラスのコンパクトな大衆車が数多く販売され、コルト1000はボディサイズや排気量の面でその中間的なポジション。

つまり、一時的にライバル不在でしたが、1966年に初代サニー(1,000cc・4月)がデビューすると、初代カローラ(1,100cc・11月)に2か月先駆けて9月にはコルト1000改め1,100ccのコルト1100を発売して先手を打ちます。

しかしカローラ・サニー販売合戦の中で埋もれてしまいがちだったため、同年12月には後述するコルト1500のエンジンを搭載し、フロントにディスクブレーキを採用したスポーツモデルを発売。

『コルト1500スポーツ』と名付けられたそのモデルは、小型軽量ボディにハイパワーエンジンという後のランサーエボリューションのようなコンセプトが伝わり辛かった事が残念で、『コルトエボリューション』などネーミングをヒネっていればと惜しまれます。

結局1968年のマイナーチェンジで旧コルト1000 / 1100のボディはコルト1500に統合され、以降は『ニューコルト』と称して販売が続けられました。

 

拡大版コルト1500と、ニューコルト1200 /1500

 

三菱 コルト1500  / 出典:https://www.mitsubishi-motors.com/jp/innovation/history/year/1960/60_7.html

 

一方、1964年に三菱初の高級乗用車デボネア(初代)が発売されると、デボネアとコルト1000の間を埋めるモデルとして、コルト1000のボディサイズを拡大し、1,500ccエンジンを搭載して1965年10月に発売されたのがコルト1500でした。

ただし、『コルト1000の拡大版』とは言うものの、細部を除けばデザインテイストはコルト1000そのままでやや新鮮味に欠けた上に、全長・ホイールベースとも延長して増したはずの快適性のアピールが、外観からは難しくなる原因となりました。

 

三菱 ニューコルト1500  / 出典:https://www.mitsubishi-motors.com/jp/innovation/history/year/1960/60_12.html

 

そして1968年5月のマイナーチェンジでコルト1100の後継として1,200ccエンジンを搭載。

ヘッドライトを角目2灯に変更し、ニューコルト1200 / ニューコルト1500として再出発します。

しかしそれも1969年12月に初代ギャラン(コルトギャラン)が登場するまでのつなぎに過ぎず、コルト1500廃止後も販売され続けていたコルト1200も、1970年11月で販売終了となりました。

 

日本グランプリに出場していたコルト1000

 

三菱 コルト1000  / 出典:https://www.mitsubishi-motors.com/jp/innovation/history/year/1960/60_5.html

 

ブルーバードとコロナ、サニーとカローラ、など2度にわたってのトヨタと日産の販売合戦に巻き込まれ、埋もれる事になった不幸なコルト1000シリーズでしたが、デビュー間も無い頃はその高性能を存分に発揮してアピールする機会がありました。

それが1964年5月に鈴鹿サーキットで開催された『第2回日本グランプリ自動車レース』で、コルト1000はツーリングカーT-III部門に6台出場。

対するは900ccのリアエンジン車であり、クラス最多の7台がエントリーした日野 コンテッサ(初代)で、他にはプライベーターのミニクーパーSなど外車勢がチラホラ。

スタートしてみると、古く排気量も小さくパワー不足のコンテッサに対してコルト1000の優位は明らかで、優勝した加藤 爽平をはじめ上位1~4位をコルト1000で独占するという圧勝劇で終わりました。

残念ながらメジャーレースでの大活躍はこの1度きりでしたが、日本アルペンラリーなどラリー競技では排気量やパワーのハンデを跳ね返して上位入賞するなど、1960年代後半から1970年前半までのモータースポーツ史に名を残しています。

 

主なスペックと中古車相場

 

三菱 コルト1100 / 出典:https://www.mitsubishi-motors.com/jp/innovation/history/year/1960/60_11.html

 

三菱 A21 コルト1100 1968年式

全長×全幅×全高(mm):3,910×1,490×1,420

ホイールベース(mm):2,285

車両重量(kg):810

エンジン仕様・型式:KE44 水冷直列4気筒OHV8バルブ

総排気量(cc):1,088

最高出力:43kw(58ps)/6,000rpm

最大トルク:81N・m(8.2gm)/3,800rpm

トランスミッション:4MT

駆動方式:FR

中古車相場:皆無

 

まとめ

 

三菱 コルト1000 / 出典:https://www.mitsubishi-motors.com/jp/innovation/history/year/1960/60_5.html

 

三菱車で初めて4ドアセダンが設定されるなど期待のこもったコルト1000シリーズでしたが、とにかく基本ボディにしろ拡大版にせよ、別設計のエントリーモデルや後継車まで全てに『コルト』とつくので、車種構成がわかりにくい事が難点でした。

しかし、コルト800シリーズを含めた『コルト』各車で何年も下積みを重ねたのは無駄では無く、1970年代にはギャラン、ランサー、ミラージュといった三菱の屋台骨となるヒット作を続々と発売します。

また、メーカー名+数字という車名のつけ方はよくありますが、明らかに異なるモデルまで含めて全て三菱 コルト+数字でまとめると混乱を招くだけという教訓を得たのか、以後の三菱はキッチリ車名を分け、個性的な車種ラインナップを誇るメーカーとなりました。

 

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Writer Introduction
兵藤 忠彦

ダイハツ党で、かつてはジムカーナドライバーとしてダイハツチャレンジカップを中心に、全日本ジムカーナにもスポット参戦で出場。 その後はサザンサーキット(宮城県柴田郡村田町)を拠点に、主にオーガナイザー(主催者)側の立場からモータースポーツに関わっていました。

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