生命を脅かすほどの大クラッシュ!両足を切断する重傷を負う

出典:http://www.alex-zanardi.com/

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2度CARTチャンピオン経験を誇るザナルディですが、以前のような強さを見せることが出来ませんでした。

そんな中で迎えた第16戦ラウッジリンク(ドイツ)。久しぶりに上位争いを繰り広げ、ファンの視線は彼に集まり復帰後では初となる優勝も視野に入れる戦いぶりを見せました。

レースも終盤に差し掛かり、残り16周となったところで悲劇が起こったのです。

この周ピット作業を行ったザナルディは、ピットレーンの出口でスピン。なんとか態勢を直そうとしたのですが、そこへ後続のマシンが時速約320kmで突っ込み、2台のマシンは大破。

特にザナルディのマシンの損傷が酷く、モノコックの前部が失われるという大きな衝撃を受けたのです。

その衝撃はマシンに留まらず彼の身体にも及び、すぐさま救急車が駆けつけ病院に搬送されましたが、出血が多いうえに脚部に大きなダメージを受けてしまいました。

医師の処置もあり一命を取り留めました。しかし、彼が意識を取り戻した時には、アクセルとブレーキを操っていた両足が無くなったと妻から告げられたそうです。

これには大きなショックを受けると周囲は心配したのですが、彼は「まだ生きてるじゃないか」と笑い飛ばしてみせたのです。

 

妻の笑顔を取り戻すために…義足で全力走行!

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両足を失ってもザナルディはレースを諦めようとはしませんでした。

彼は両足を失ったにもかかわらず現役続行を目指し、容体が安定するとすぐさま義足の作成に取り掛かりました。

そして事故から20ヵ月が経った2003年5月。ラウッジリンクで事故に見舞われた際に、走り切れなかった残りの周回を走り切ろうという形で、再びステアリングを握ることとなったのです。

両足を失った彼に配慮し、アクセルとブレーキを手で操作できるようなマシンが用意されていたのですが、本人の強い希望もありマシンは足でアクセルとブレーキを操作するタイプに。

周囲もちょっと走行するだけだしなという軽い気持ちで見守っていましたが、ザナルディは信じられないドライビングを始めたのです。

初めて義足でのドライビングとなったにもかかわらず、彼はコースに出ると全力でアタックを開始。最高速は300kmを超え、事故が起こった日タイムで見ても上位に食い込むという速さを見せ、これには誰もが驚きを隠せませんでした。

マシンを降りた後、なぜ全力で走ったのですか?という質問に彼はこう答えています。

「ゆっくり走ることもできたけど、それでは妻の笑顔を取り戻せないと思ったんだ」

たとえ両足を失ったとしても現役としてまだ戦えることを証明し、その言葉通り妻の笑顔を取り戻して見せ、彼が本当に復活を遂げた瞬間でもありました。

 

本格的にレース復帰へ、WTCCで復活を遂げる

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見事な復活劇を見せたザナルディは同年より本格的にレース活動を再開させ、その皮切りにツーリングカー選手権に参戦します。

2005年からはBMWに所属しWTCC(世界ツーリングカー選手権)に参戦。その年の第5戦メキシコで表彰台を獲得すると、第7戦ドイツのレース2で優勝を飾る活躍を見せました。

その活躍に対し、ローレウス・スポーツ賞のカムバック賞に選出され、その活躍もあって翌年には再びF1マシンを駆る機会が巡ってきたのです。

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BMWザウバーがザナルディをテストに起用すると発表。このテストに使用されるマシンはアクセルがステアリングに、そしてブレーキがコックピット横に備え付けられた特別仕様のマシン。スペイン・バレンシアのコースを12周走行し、7年間の空白を埋めるような勇姿を見せました。

F1マシン特有の狭いコックピットに合わせるため、通常よりも小さな義足を装着してテストに臨み、走行を終えた後にはBMWに感謝を述べるとともに「コックピットを広くできなかったので、脚を短くするよと言ったんだ。そんなことが出来るドライバーは世界で僕だけだよ!」と冗談交じりに語りました。

それ以降もザナルディはWTCCに参戦を続け2009年に引退。彼の挑戦はこれに留まりませんでした。

 

ハンドサイクルに挑戦!パラリンピックで2大会を制す

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手で自転車を漕ぎタイムを競ったりレースをするハンドサイクル。ザナルディはこちらでも世界の頂点を目指して戦った。(出典:http://www.alex-zanardi.com/)

WTCC参戦中に並行して彼が始めた挑戦はハンドサイクル。

ハンドサイクルとは自転車競技の一種で、その名の通り手で自転車を漕ぎタイムを競うというもので、2012年のロンドンパラリンピックを目指して本格的な活動に取り組みました。

元々レーシングドライバーだったこともあり、活動開始直後から大規模な大会で上位に入るなど好成績を収めると、その活躍が認められ、目標通りロンドンパラリンピックのイタリア代表に選出。

そして、奇遇にも戦いの舞台となったのは、かつてレーシングカーで走り込んだブランズハッチ・サーキット。ここで16kmのタイムトライアルとロードレースの2種目で金メダルを獲得し、さらには団体のチームリレーでも銀メダルを獲得する大活躍を見せました。

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その4年後にはリオデジャネイロ・パラリンピックにも連続で出場。今度はCART時代に最初にポールポジションを獲得したサーキットの土地の一部に建てられたスタジアムに訪れることになりました。

そこで彼はタイムトライアルで2大会連続となる金メダルを獲得したのです。

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この時、ザナルディはこのように語っています。

「わたしの事故、わたしの身に起きたことさえ、人生におけるチャンスとなった」

 

まとめ

ザナルディの最大の武器ともいえるのは、その尽きることのないチャレンジ精神。

近年では、2016年10月に行われたイタリアGTにBMWチームイタリアから参戦。BMW M6 GT3をドライブし、見事優勝。

そんな本当の心の強さを武器に世界で活躍を続け、レーシングドライバーしてはもちろん、今ではハンドサイクルのトップアスリートとして多くの人に知られています。

たとえ、両脚を失ったとしてもチャレンジ精神は失うことなく、懸命に挑戦を続ける姿に多くの人が心を打たれてきたのです。

それは、事故に遭った直後でも明るく前向きに過ごした彼の振る舞いにも表れており、周囲の人を勇気付ける太陽のような存在なのかもしれませんね。

 

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