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闘将・星野一義の夢。半世紀以上恋い焦がれたバイクとは

日本のモータースポーツ界では、大成功を収めた一人でもある星野一義。あれだけの勝利を手にし、たくさんのトロフィーを掲げてきたレジェンドにも、まだ成し遂げていなかった…もしかすると彼をレースの世界に引き込むきっかけとなった「夢」があった。それが、「ホンダ RC」に乗ることだったのだ。

©︎Tomohiro Yoshita

ホンダの2輪レース挑戦の原点「RC142」

©鈴鹿サーキット

1960年代初頭。当時はバイクメーカーとして地位を確立していたホンダは、1959年に彼らの夢の一つであったマン島TTレースに参戦。125ccの2気筒エンジンを積む「RC142」を投入。

初参戦ながら、世界一過酷と言われるマン島を舞台に力強い走りを見て、最高6位を獲得。他のマシンも7・8・11位と上位に食い込み、メーカーチーム賞を獲得した。

その後、ロードレース世界選手権へ参戦していき、通算700勝という金字塔を打ち立てるが、その原点とも言えるマシンなのだ。

©︎MOBILITYLAND

このRC142と時を同じくして世界の舞台で大活躍したのが、高橋国光だ。1958年に2輪レースデビューを果たすと、1960年にはホンダのワークスライダーとして世界選手権に参戦。2年目の西ドイツGPで日本人初となる世界選手権優勝という快挙を成し遂げた。

その後は4輪に転向し、様々なカテゴリーで活躍。1995年のル・マン24時間レースでは自らのチームで

GT2クラスで優勝を飾ったほか、F2や全日本GTでも様々な名勝負を繰り広げた。

 

世界に通用するマシンへの進化「RC164」

©鈴鹿サーキット

1960年代に入るとホンダが世界選手権の舞台で急速に台頭。1961年には10勝し、125cc・250ccで個人、メーカータイトルを獲得。翌1962年も9勝を記録し「ホンダ一強」を確立したかに思えた。

しかし、1963年はライバルメーカーの台頭で苦戦を強いられ、思うように勝利を重ねることができない。その中で実戦投入されたのがトランジスタ点火を採用した250ccの4気筒マシン、RC164だ。

©︎MOBILITYLAND

この時期に高橋と同じく世界で活躍したのが、北野元。

1960年にホンダワークスライダーとなり、世界選手権に参戦。1961年のデイトナで行われたノンタイトル戦で優勝したのをはじめ、その他のレースでも日本を代表するトップライダーとして活躍した。

 

RCに乗るのが夢だった

Photo by Tomohiro Yoshita

そんなホンダの2輪レース挑戦と、高橋、北野の活躍を夢見て「いつかはあのバイクで走りたい」と夢見ていた青年がいた。

それが、現在では“元祖 日本一速い男”として知られる星野一義だったのだ。

「中学生の頃、北野さんや国さんがマン島や世界選手権で活躍する姿をオートバイ雑誌で毎日の ように眺めていた。僕にとってHondaは憧れの存在だった。生まれて初めて買ったバイクもHonda のベンリィ。毎日のように河川敷で練習したよ」(鈴鹿サーキットのリリースより)

星野といえば、4輪レースで輝かしい成績を残したドライバーとして有名だが、彼のレースキャリアスタートは2輪。

最初はカワサキワークスのライダーとなり、全日本モトクロスなどに参戦。90ccと125ccでチャンピオンも獲得する活躍をせた。

ただ、本当の夢は「ホンダのライダーとして、RCを駆ること」だったそうだ。

「その後カワサキワークスに入ったのでHondaは ライバルだったけど、いつか乗ってみたいと思ってた。子供の頃からの夢は半世紀以上、ずっと 持ち続けていたね」(鈴鹿サーキットのリリースより)

 

その夢が、3月4・5日…鈴鹿サーキットで実現!

©︎鈴鹿サーキット

結局、星野はホンダライダーになる夢を叶えることができないまま、4輪へ転向。フォーミュラ、ツーリングカー、グループCなどのプロトタイプカーなど様々なカテゴリーを制し、“日本一速い男”と呼ばれるようになっていった。

しかし、彼のレースキャリア開始当初に抱いていた夢は、まだ心の奥底に残ったまま。

その思いを実現させる形はないか?

様々な関係者が力を合わせ、ついに半世紀を越える夢が実現することになった。

その舞台は鈴鹿サーキットで3月4・5日に開催される「2017モータースポーツファン感謝デー」

ここで行われる「Hondaロードレースの源流」というデモランで、星野は当時憧れていた北野、高橋とともにホンダのバイクをデモランすることになるのだ。

「今回、僕の夢を叶えてくれたHondaや北野さん、国さん、そしてこのデモランに賛同してくれた 日産の心意気に心から感謝します。本当にありがとう」(鈴鹿サーキットのリリースより)

星野が駆るのはRC166。世界で初めて6気筒250ccエンジンを採用したRC165の発展モデルで、1966年に参戦し、当時のホンダ快進撃の一躍を担ったマシン。

半世紀以上前からの夢が実現するとあって、当日は家族も呼んで、自身の勇姿を見てもらうという。

「当日は家族も呼んで、僕がRC166で走る姿を見てもらおうと思ってる。だって、子供の頃からの 夢が叶う瞬間だからね 」(鈴鹿サーキットのリリースより)

鈴鹿ファン感謝デー公式ホームページ

 

まとめ

©︎鈴鹿サーキット

誰しも、子供の頃から描いていた「将来の夢」というものがある。しかし、実際には夢を叶えられる人というのは、ごくわずか。でも、いつになっても「夢」というのは消えないものだろう。

“諦めなければ夢は叶う”

世の中には、こういう言葉もあるが、星野は半世紀にわたって抱き続けていた、諦めきれなかった「夢」が、3月4・5日。鈴鹿サーキットで実現することになる。

星野のファンのみならずとも、絶対に目が離せない瞬間となりそうだ。

鈴鹿サーキットファン感謝デー公式ホームページ

 

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Writer Introduction
Tomohiro Yoshita

フリーのモータースポーツジャーナリスト。サーキット取材は2011年からスタートし、最近ではSUPER GTスーパーフォーミュラを全戦取材。この他にもF1をはじめとする海外レースや、2輪レースもカバー。レースに関する記事だけでなく、サーキットに来場するファンに役立つ情報発信も展開しています。http://www.kansenzyuku.com

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