車のドアで一般的なのはドア前部を中心に開く前ヒンジドアか、後ろへスライドして開くスライドドアですが、昔はまだ試行錯誤真っただ中で、さまざまな事情で違う開閉方式を採用した車がありました。今回はスーパーカーにありがちな上開き(シザードアやバタフライドア、ガルウイングドア)や、最近また増えてきた観音開きドアを除く、変わったドアの開き方をする車を紹介します。

2代目スバル サンバー初期型(ニューサンバー)  / Photo by dave_7

 

スーサイドドア(代表例:スバル360)

スバル360  / Jacob Frey 4A

 

現在では高級車などで、他との差別化のため採用される程度になりましたが、1960年代までの車によく見られたのが、後ヒンジ・前開きの『スーサイドドア』です。

国産車ではスバル360やサンバー(初代および2代目初期『ニューサンバー』まで)が代表的で、前開きでそのままシートへスポンと収まれる乗降性の良さは好まれました。

しかし、衝突時にドアラッチやストライカー(ドアを閉めた状態で固定するU字状のパーツ)が破損して乗員が外に投げ出されやすく、さらに走行中誤って開くと風圧で閉めるのが困難という理由から廃れ、今や採用する車はほとんどありません。

なお、由来は定かでは無いもののスーサイド(自殺)ドアと呼ばれている事からも、事故時などに悲惨な結果になりやすい印象を強めています。

 

車体前面ドア(代表例:イセッタ)

BMW イセッタ / Photo by Tobias Nordhausen

 

イタリアのイソが開発した後、ドイツのBMWなど低価格のバブルカーとして多くの国で生産された『イセッタ』に採用されたことで知られるのが、車体前面ドア方式です。

大きな開口部から並列座席へ容易に乗り込める乗降性が好評でしたが、やはり走行時の万が一の際に開閉や脱出が困難、衝突安全性が確保にしにくい、車のデザインが制約されるなどの理由で、採用例は多くありません。

近年では日本のStyle-D ピアーナやスイスのタッツァーリ マイクロリーノなど、同様のドアを採用した車はイセッタ復刻版EV仕様ばかりで、通常なかなか採用しにくい方式です。

 

横開きドア(代表例・メッサーシュミットKR200)

メッサーシュミット KR200  / Photo by Brian Snelson

 

『バブルカー』と呼ばれる車は、小さくて快適性がよく、視界良好。

乗降性も良くするためさまざまな工夫が凝らされていましたが、このメッサーシュミット KR200のような横開き式もそのひとつです。

閉じている時は非常に視界良好なバブルキャノピー、乗降時はボディ上半分ごと右側面へ開くという大胆な方式でした。

ちなみに、メッサーシュミット社はかつてドイツにあった航空機メーカーであり、第2次世界大戦でドイツ空軍の主力戦闘機だったメッサーシュミットBf109を製造していたことでもお馴染み。

KR200はそんなBf109と同じキャノピー開閉方式をとっていたのが面白いところです。

タンデム式2名乗車というのも軍用練習機や戦闘機の複座版ではよくある方式なので(ただし複座でこの開閉方式の飛行機はあまりありませんが)、戦闘機に乗ったような気分を味わうのに良いかもしれません。

 

スライドキャノピー(代表例:トヨタ パブリカスポーツ)

トヨタ パブリカスポーツ / 出典:https://www.favcars.com/toyota-publica-sports-concept-1962-pictures-187354-800×600.htm

 

飛行機らしいドア開閉方式といえば、トヨタがトヨタスポーツ800開発前、一時的にヒマになった開発陣の腕試し用練習作として試作した『パブリカスポーツ』のスライドキャノピーなど、まさに戦闘機のごとき方式です。

ヴィッツのご先祖にあたるパブリカ(1961年発売)をベースに、立川飛行機でキ94戦闘機などを開発していたパブリカの設計主査、長谷川 龍雄を中心としたチームが、『航空機の空力設計を取り入れた軽量スポーツカーを作ったらどうなるか』、というテーマに取り組んだのがパブリカスポーツでした。

従って「量産性はさておきヒコーキっぽさにこだわったらこうなった」と言いたげなスライドキャノピーを採用できましたが、飛行機でもうまく作らないとスキマ風が吹き込んで大変なものを量産車へ採用できるわけもありません。

そもそも開閉窓も無かったので、量産型トヨタスポーツ800は普通の前ヒンジドアに変更されています。

 

サイドシル引き込み式昇降ドア(代表例:BMW Z1)

実際に発売された中でかなり特異な自動車用ドアのひとつが、BMW Z1(1989年発売)に採用されたもので、何と窓ごと昇降して分厚いサイドシルへ収納される引き込み式ドアでした。

動画を見ての通り、ドアより後ろにあるキーシリンダーへキーを刺して操作するとスムーズにドアが降りて行き、キーを外したままでもシリンダーを押せばドアは昇って閉まります。

この開閉方式はBMWが特許を取ったからかどうかはわかりませんが、他に採用したメーカーは無く、Z1自体も不人気によりわずか2年と短命な車に終わり、BMWが他の車へこの方式を採用することはありませんでした。

考えてみれば、分厚くてやたらと高いサイドシルが無ければ成立せず、乗降性が非常に悪い上に重量もかさむので、好き好んでこの方式を採用するメリットが見当たりません。

 

ルーフもウィンドウも丸ごと浮く…ドア?(代表例スターリング・ノヴァ)

Z1よりさらに特異な開閉方式というより「これはドアというのだろうか?」と言いたくなるのがスターリング ノヴァで、アメリカでスーパーカーのレプリカやレプリカキットを販売していた『スターリング スポーツカーズ』社のレプリカキットです。

キットであるからには組み込む車があるわけですが、ベースはなんとフォルクスワーゲン タイプ1『ビートル』で、フロアとパワートレーンしか使わないので似ているわけも無いのですが、動くと確かに排気音をバサバサ言わせながら走り去ります。

ドア?はルーフとウィンドウごとガバッと上に開く大胆なスタイルのキャノピーで、飛行機でも見かけないSF的な方式ですが、動画を見る限りもうちょっとスムーズに異音を立てず、開いてくれるとありがたいかもしれません。

なお、スターリング スポーツカーズ社ではベースのビートルが少なくなってきたため、スバルのボクサーエンジンなど他のエンジンもミッドシップに搭載できるオリジナルのパイプフレームシャシーも作ったそうですが、2017年4月に買収されて現存しないようです。

 

まとめ

自動車のデザインが多様化した結果、ガルウイングや観音開き程度ではもはや当たり前。

実用性がある以上は変わったドアとは言えないくらいですが、時代をさかのぼると「実用性も無いのに、よくも採用したものだ」というドアが中にはあるものです。

後からよくよく考えてみると非合理ながら、作った時はこれで良いと思って採用したドアの中で光るのはイセッタの車体前面ドアで、他の車で採用すると大抵イセッタに似てしまうため、『イセッタドア』と命名してもいいくらいかもしれません。

これからEVが多数登場して車体レイアウトやデザインの自由度も高まると言われる中、また新奇な方式のドアが登場するのでしょうか?

 

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